疾病管理センターの活動

(P200-205)

総括                                                           

名誉院長・疾病管理センター長 高橋 満

 疾病管理センターのあゆみ
 疾病管理センターは、組織上、病院とは独立した部門として、当院を利用する患者・家族のほか、他院の患者、地域の関係機関、県民との対話・連携の窓口として設置されました。「よろず相談」「健康教育・研修」「がん総合対策」「がん診療連携協議会事務局」が活動しております。
 20年間に、疾病管理センター長には6名が在職しました。初代は総長の山口建(2002.4 〜 2005.3)が兼務し、ほかに医療ソーシャルワーカー(MSW)1名、看護師1名、事務1名の4名体制でスタートしました。2003年には、厚労科研「がんの社会学」の主任として「がんと向き合った7885人の声」を集積し、「がん患者の悩みや負担に関する静岡分類」をまとめました。この成果は、当センターの「よろず相談」の先進的な業務の方向性を定めるとともに、全国にがん相談支援センターが開設される先駆けとなりました。2代目は堀内智子(2005.4 〜 2010.3)。この間は、地域の医療機関との連携を進めるとともに在宅のがん患者の支援を拡大しました。2009 年に都道府県がん診療連携拠点病院の指定を受けるに際して、がんと診断された患者が最初に手にするパンフレット『患者必携 地域の療養状況(試作版)』を作成したほか、地域の医療、薬局、福祉関連情報を入手することができるウェブシステム「あなたの街のがんマップ」を研究所と協働で完成しました。これらは、がん情報を患者・家族へ病院から積極的に発信するという現在ではがん拠点病院の指定要件にもなっている活動で、全国に先駆けたモデル事業となりました。3代目は小澤慎次(2010.4 〜 2014.3)。疾病管理センターのよろず相談には、「がんの治療にはお金も必要、生活も維持しなくては」というような相談が寄せられます。そこで、静岡がんセンターの活動に理解を示し協力を申し出てくれた沼津法人会と企業と患者をつなぐシステムを構築、並行して、沼津ハローワークと病院で患者の就労相談に乗れる体制も整えました。通常のハローワークでは、プライバシーの問題や面談時間等の制約のため相談が難しいがん患者も、よろず相談室では、相談員からの病状説明のサポートも受けながらゆっくりと相談できることとなりました。この取り組みは、翌年には、厚生労働省により全国の5カ所のモデルケースへと展開・引き継がれ、その後の全国展開へとつながっていきます。2012年には患者サロンが完成、患者同士のピアサポートの場として、また患者向け勉強会の場として活用されています。4代目は世古安男(2014.4 〜 2015.3)、5代目は小林眞一(2015.4 〜 2018.3)。がん患者に対する就労支援、支持療法の重要性が認知されてくる中で、静岡がんセンターが種をまき、芽を伸ばしてきた、がん患者を支える様々な取り組みをさらに発展させて、静岡がんセンターの患者支援の評価を定着させることができました。6代目は高橋満(2018.4 〜)。がん診療連携協議会の機能強化が求められる中、事務局として県内のがん医療のレベルアップと治療の集約化を進めてきました。2020 年からのコロナ禍では、各種相談支援や研修会さらには「静岡がん会議」が参集困難となりましたが、Web方式を早期に導入・定着させ、ほぼ例年通りの内容で開催をすることができています。

 現在の状況
 当初4名でスタートした疾病管理センターですが、現在は非常勤を含めて総勢20名の陣容となり、四つの機能を持つ組織となっております。「よろず相談」は、MSW8名、看護師1名と事務2 名が、がん患者さんやそのご家族の不安や悩みなどに対応しています。電話や対面等で、医療や看護・福祉などの様々な相談に応じるとともに、就労の支援なども行っています。「健康教育・研修(患者図書館、患者サロン)」は、看護師1名と、事務4名が担当。様々なジャンルの書籍等の貸出しや勉強会の開催などを通じて、患者・家族や県民の学習を支援するとともに、患者同士の交流や学びを通じた癒やしの場を提供しています。「がん総合対策」は保健師1名と事務1名が担当。がん征圧を目指して、静岡県がん対策推進計画に基づき、がん予防に係る普及・啓発、医療従事者の研修などを行っています。「がん診療連携協議会事務局」は事務2名が担当。県内各拠点病院、県医師会、歯科医師会、薬剤師会、看護協会も参加する協議会を主催し、がん検診や稀少がん診療・先端医療の課題を集約・検討し、県内のがん医療全般の向上に努めています。

 未来に向けて
 疾病管理センターの四つの機能は、「患者さん・家族に学び、徹底的に支援する」理念に基づき、全国のがん診療連携拠点病院に求められる事業の先行モデルとして発展してきました。がん治療は、今後さらに低侵襲、個別化して、QOLを重視した方向に向けて進歩していくと思われます。多くの医療情報が混在する中、「よろず相談」と「健康教育・研修(患者図書館、患者サロン)」はゲノム医療を含めた最新の治療への的確なアクセスに向けて、院内の専門各部門と協働した支援を増していく必要があります。治療成績の向上に伴い、妊孕性温存のニーズが高まってきています。当センターでは、県内のネットワークと連携して、がん専門病院ならではの支援を発展させていきます。当院が先駆けとなったがん患者の就労支援事業については、がんとの共生のうえで重要性が増してきており、協力企業の増加を図り、事業所に向けた情報発信を一層強化していく必要があります。

 

部門                    

 よろず相談

            専門官 髙田 由香

 よろず相談のあゆみ
 当院は開院以来「患者・家族を徹底支援する」という理念を掲げ、その「徹底支援」を具現化するために作られたのが「よろず相談」です。「よろず相談」では、2004年から患者・家族を対象とした学習会として「学びの広場」の企画・運営を独自に開始しました。院内スタッフの協力を得ながら開催した学習会の資料は、のちの冊子「学びの広場シリーズ」の礎となりました。“開かれた相談室”として、がんによる悩みを持つ全ての方を対象とし、2003年度はおよそ7500 件と開院直後から全国最多となる相談件数に対応してきました。しかし当時は「がん難民」という言葉も聞かれるほど「がん相談」のノウハウは十分に蓄積されていませんでした。そこで 2007年8月末に、がん相談員向けのワークショップを開催しました。しおさいホールいっぱいに全国から詰めかけた相談員の前で、模擬患者を相手に3人のMSWがライブ相談を行い、“「よろず相談」全国注目 開設5年ノウハウ発信 国の指針を先取り”とマスコミにも大きく取り上げられました。「よろず相談」がモデルとなり、2008年に発出されたがん診療連携拠点病院の整備に関する指針に初めて「相談支援センター」の設置が義務付けられ、がん相談の重要性と相談員養成の必要性が認識されることになりました。当院のがん情報提供・相談支援体制が高く評価され、2012年に日本対がん協会から朝日がん大賞をいただくことができました。
 現在の状況
 2020年4月にがんゲノム医療中核拠点病院の指定を受けるなど、病院機能に合わせて「がん相談支援センター」の機能も拡充してきました。よろず相談では新たな医療・制度に関する相談に十分対応できるよう、課内に5分野(就労支援、AYA世代、ゲノム医療、希少がん、妊孕性)に特化したワーキンググループを作り、情報提供・相談支援の充実に努めています。また増加する「身寄りのない患者」に対する支援として、院内のマニュアル整備にも積極的に関わり、安心した療養生活への支援や、看取りを伴う心理・社会的な相談を担っています。相談内容の多様化に伴う院外多機関との連携・調整も必要性が増しています。

 未来に向けて
 がんに罹患しても、医療の進歩により長期に生存される方も多くおられます。患者さんは病気体験をしたあと、価値観や死生観が前とは少し変化してきた中で、がんという「病気」だけでなく、日々の「生活」、またその積み重ねによって織りなされる「人生」と向き合っておられます。そのような相談者の「今」を大事にとらえ、その人が持っている力を活かして意思決定していくプロセスに深く関わる支援を心がけていきます。

 

 健康教育・研修 

看護師長 廣瀬 弥生


 健康教育・研修のあゆみ
 健康教育・研修では、患者・家族の学びを支援しています。「提供できる情報を整える」ことから始め、その第一歩が患者図書館の整備でした。患者図書館(2002年9月開館)の愛称は「あすなろ図書館」です。井上靖作「あすなろ物語」を参考にしたと聞いていますが、「明日治ろう」という言葉にも通じているようです。開館時から図書館司書を置き、情報コンテンツの作成など、医療情報を整えていくために責任者を看護師として管理・運営を行ってきました。本を楽しむだけでなく、患者・家族への情報提供を行える環境を整えている図書館として、病院や公共図書館からも注目を集めてきました。情報コンテンツは、冊子体、ビデオ、インターネットで公開しています。冊子体は、主に化学療法の副作用対策を中心に現在23種類、ビデオは静岡がんセンターが開催した勉強会(講演会)などを収録、編集し488本(現在視聴可能数は320本)を作成しました。2007年11月に大鵬薬品工業と共同でウェブサイト(SURVIVORSHIP.JP)を立ち上げ、作成したコンテンツの一部を公開しています。その他の支援として、勉強会の企画・開催も行い、2012年5月には、患者さん同士あるいは医療者を含めた交流の場として、患者サロンを開館し、その管理・運営も担当しています。

 現在の状況
 患者・家族に対する学びの機会の提供に加え、関連する診療科や部署とイラスト作成を得意とする職員の多大な協力を得て情報コンテンツの作成・維持・管理を行っています。
 1)学びの機会の提供:がんやがんと上手につきあう方法を学ぶ機会の提供や情報コンテンツの作成を目的に、臓器別・治療法別に年に2回程度、また、患者サロンでも定期的に勉強会を開催しています。患者図書館は、現在、約10,100点の蔵書、1日の平均入館者数は180名前後です。患者サロン「やまなみ」は、事務職員が常駐していて、勉強会や医療相談を行うだけでなく、患者さんやご家族が気楽に話しをしにくる場にもなっています。

 2)情報コンテンツの作成・維持・管理:情報は、定期的に見直しや再作成をしています。冊子体は要望があれば全国の病院、診療所等に配送しており、 2021年度は延べ43施設、合計4,073 部を配布しました。ビデオは患者図書館での貸し出し、ベッドサイド端末から視聴できるようにしています。また、冊子や一部の講義ビデオは、静岡がんセンターのホームページでも閲 覧することができます。

 未来に向けて
 これまでの20年間は情報コンテンツを充実することに注力してきましたが、これからは、患者サロンにおいて「患者・家族の生活の質の向上」につなげられる取り組みも行っていければと考えています。

 

 がん総合対策

主査 浦田 恵美

 がん総合対策のあゆみ

当院は県と協働し平成15年度から、県内のがん予防対策やがん医療・ケア提供体制の充実を図るため、普及啓発や患者・家族支援、人材育成等に取り組んできました。開院に先立ち、平成 10年度から開始した「静岡がん会議」では、県民に対し、がん医療における臨床研究成果や「富士山麓先端健康産業集積(ファルマバレー)プロジェクト」の成果等を情報発信し、過去23 年間で4200人強の方々に会議に参加いただいております。加えて、静岡がん会議2015では、がんのないモンゴル“イトゲルー希望”国家基金と協定を締結し、アジア各国から医師等を毎年招へいするなど、海外とのがん医療における連携・交流を進めて、県の地域外交の大きな柱となっています。また全国的に先進的な取り組みとして始まった「出張よろず相談」については、医師や看護師、ソーシャルワーカー等のチームが年に数回、県内各地域に出向き、誰もががんに関する悩みを相談しやすくなるよう努めています。

 現在の状況
 1次予防から3次予防までの総合的ながん対策として、がん予防普及啓発事業(小学生用喫煙防止下敷きの作成・配布等)、がん患者・家族支援事業(がん患者就労支援等)、医療従事者のがん研修、先進的歯科連携促進事業(歯科医師、歯科衛生士等を対象とした研修会)を実施しています。
 医療従事者のがん研修の特徴的な取り組みとして、がん専門病院として我が国で初めてリハビリテーション科を創設し、がんのリハビリテーションを先駆的に実践し培った知見や技術を、県内外のリハビリ職種や医師、看護師等に対して広く発信しています。ここ数年の新型コロナウイルス感染症の蔓延により、参集による研修会からオンライン研修会に切り替えて実施していますが、受講に係る利便性が向上し、九州から北海道まで全国各地の医療機関から多くの方が参加し、活発な質疑応答が行われるなど非常に好評を得た研修となっています。また当院が先駆的に取り組んでいるがんの医科歯科連携をさらに推進していくため、歯科医師と歯科衛生士を対象に研修会を実施し、最新のがん医療と口腔管理の重要性、医科歯科連携を進めていく上で必要なこと等を伝えてきました。研修会開催など医科歯科連携推進のための当院のこのような取り組みが先駆けとなり、がん患者の医科歯科連携の保険収載につながりました。

 未来に向けて
 当院は県立のがん専門病院として、県健康福祉部とともに時代のニーズに即したがん総合対策を進めてきました。がん対策基本法が改正され、がん患者が安心して暮らすことのできる社会への環境整備が求められる中、がんの予防・早期発見、がん医療の均てん化、がん対策の基盤づくりに資するため、社会の変化やがん医療の進歩に即した普及啓発、患者・家族支援、人材育成を進めてまいります。

 

 がん拠点事業

疾病管理センター長補佐 小澤 愼次

 地域がん診療連携拠点病院、がんゲノム医療中核拠点病院のあゆみ
 当院は、2004年に地域がん診療拠点病院に、開院4年目の2006年8月に都道府県がん診療連携拠点病院の指定を受けると、その年の12月には、県拠点病院として県内の病院が拠点病院の指定を受けるための手引書「がん診療連携拠点病院関連資料集」を作成配布し県内医療機関の拠点病院指定の申請に寄与しました。また同年からは、県内で不足が言われていた、放射線医療従事者やがん専門病理医の養成研修を開始し、以来多くのがん関連研修の先導者として医療人材の育成や研修ノウハウの普及に努めてきました。さらに県内外の拠点病院向けの情報冊子の作成も進め、総計22種類もの情報誌を全国、県内の拠点病院等へ配布し、新しいがん情報提供のあり方を示してきました。
 また、がんゲノム医療を提供する医療機関として、2018年3月にがんゲノム医療連携病院、2019年9月にがんゲノム医療拠点病院、2020年3月には国内の県立病院として初めてがんゲノム医療中核拠点病院に指定されました

 現在の状況
 県拠点病院である当院は、国が指定した10の地域がん診療連携拠点病院および二つの地域がん診療病院やそれ以外の県が指定した八つの静岡県地域がん診療連携推進病院等と静岡県がん診療連携協議会を主宰し、県医師会、歯科医師会、薬剤師会、看護協会にも参加いただき各病院や県内のがん検診・診療の課題について集約、検討の場として県内全般のがん医療の向上に努めています。
 また、がんゲノム医療では、2014年1月から実施してきた「プロジェクト HOPE」で、がんの原因となる遺伝子や患者の体質の遺伝子等約9300症例(2022年9月現在)以上の解析が行われ、その成果は国内初の日本人がんゲノムデータベースとして公開されました。さらに中核拠点病院としてがん遺伝子パネル検査の医学的な解釈を行い、治験や臨床試験、人材育成等にも貢献しています。
 なお、小児がん拠点病院の県立静岡こども病院の連携病院として小児AYA世代のがんへの対応も強化しています。

 未来に向けて
 がん医療では、予防し、治し、支え、がんと共生することが目標(国がん対策基本計画)となり、がん診療連携拠点病院の役割もまた変わってきています。中でも、がんのゲノム医療を中心とした個別化医療の進展、小児AYA世代のがんを主とした希少がんや高齢者のがん患者への対応がより求められてきます。各拠点病院が様々な課題に全て応えることは、人的・財政的にも難しい状況の中で、当院は、県協議会の充実などを通して、県内唯一のがん専門病院かつがんゲノム中核拠点病院、特定機能病院としての強みを生かし各病院間の連携を進めるハブ機能やリーダーシップを十分に発揮して県内がん医療をけん引していきます。

 

静岡がんセンター・ファルマバレープロジェクト 20年のあゆみ

静岡がんセンター・ファルマバレープロジェクト 20年のあゆみ