ファルマバレープロジェクトの活動

(P246-263)

静岡県が進めるファルマバレープロジェクト

静岡県経済産業部新産業集積課長 
小笠原 彩子

 ファルマバレープロジェクト(以下、プロジェクト)は、2002年の静岡がんセンターの開院を契機にスタートし、静岡県東部地域を中心として、「世界一の健康長寿県の形成」を基本理念に、「健康増進・疾病克服」と「県民の経済基盤の確立」を両輪として取り組んできました。世界トップクラスのがん診療拠点である静岡がんセンターと中核支援機関の静岡県医療健康産業研究開発センター(ファルマバレーセンター)が連携し、我が国でも類を見ない医療機関を中心とした産業クラスターの形成を図ってきました。
 プロジェクトは、構想、第1次から第3次戦略計画を経て、現在、2021年度から2025年度までの5年間を期間とする第4次戦略計画に基づき、産学官金の連携のもと、「ものづくり」「ひとづくり」「まちづくり」「世界展開」の四つの戦略を掲げ、取り組んでいます。研究開発では、静岡がんセンターが行う「プロジェクト HOPE」において、1万件以上の日本人がんゲノム臨床データベースを構築するなど、ゲノム医療の進展に大きく貢献しています。また、2011年度から開始した「ふじのくに先端医療総合特区」においては、支援メニューや規制緩和を活用することで、地域企業の医療健康分野への挑戦を積極的に支援しており、2021年度からは静岡県東部地域の12市町に、山梨県の7市町を加え、県域を越えて大きく区域を拡大しています。
 これまでの取り組みにより、約50社の地域企業が高度な知見を必要とする医療機器等開発分野への新規参入を果たし、160件以上の医療・健康に関わる事業化が実現しています。こうした背景を基に、本県の医薬品・医療機器の合計生産金額は、プロジェクト開始から常に全国上位を継続しております。さらには、「ふじのくに先端医療総合特区」の取り組みも2県連携のモデルとして国から高い評価を得ています。その結果、東部地域を中心に高付加価値産業が集積し、質の高い医療と癒しを提供する「医療城下町」が完成しつつあります。

第4次戦略計画スキーム

 プロジェクトにおいては、今後、これまでの患者や企業主体の「医療城下町」を基盤におきつつ、住民主体の「医療田園都市(メディカルガーデンシティ)」へと発展させていきます。住民が医療・福祉・介護を安心して受けることができ、自然豊かな環境のもと、充実した仕事や豊かな生活を送ることが可能な「超高齢社会の理想郷」の実現に向け、静岡がんセンターを中心として、重点的に取り組んでいきます。

 

 ファルマバレープロジェクト20年のあゆみ

ふじのくに医療城下町推進機構常務理事 小櫻 充久

「世界一の健康長寿県の形成」を基本理念とするファルマバレープロジェクトがスタートして 20年が経過しました。「県民の健康増進、疾病克服」と「県民の経済基盤の確立」を両輪に、中核機関の静岡がんセンターと支援機関である公益財団法人ふじのくに医療城下町推進機構(ファルマバレーセンター 以下、PVC)が協働し、ものづくり、ひとづくり、まちづくり、世界展開の四つの戦略に取り組み、着実に成果を上げてきました。
 ここではプロジェクトの沿革について述べるとともに、次項ではプロジェクトが20年をかけて実現した「医療城下町」を基盤に、住民の豊かな暮らしの実現を目指す「医療田園都市構想」(メディカルガーデンシティ)について現在策定中の内容を紹介します。

(1)ファルマバレー構想誕生の経緯
 静岡がんセンターの基本構想および建設地について静岡県庁内で検討していた1996年当時、がんセンターという高度専門医療機関の整備を契機に周辺のまちづくりと地域産業の活性化を目指す「医療城下町」構想が浮かび上がりました。
 その際、構想の名称についても議論があり、ファルマ=医薬を中心とし、富士山周辺の地形からシリコンバレーを意識して「ファルマバレー」という名称が誕生しました。

(2)ファルマバレー構想と戦略計画の検討
 静岡県は、2001年2月「富士山麓先端健康産業集積構想」(ファルマバレー構想)を策定し、翌2002年3月に具体的なアクションプランとして第1次戦略計画を策定、以降4次にわたる戦略計画を経て現在に至っています。
 構想の検討においては、東京大学名誉教授(当時)の石井威望氏を委員長に計16名の委員で構成する構想検討委員会を立ち上げ、構想の基本方向や推進体制等について議論しました。
 また、戦略計画の推進については、2003年度以降、静岡産業大学学長(当時)の大坪檀氏を委員長に計十数名の委員で構成する戦略計画検討委員会を毎年度開催し、各次の戦略計画策定と事業評価について議論してきました。

(3)ファルマバレー宣言
 第1次戦略計画の推進においては、大坪檀学長を筆頭に、慶應義塾大学経済学部教授(当時)の矢作恒雄氏、中外製薬御殿場研究所長(当時)の山崎達美氏、サンフロント21懇話会シンクタンクTESS委員長の西島昭男氏、静岡がんセンターの山口建総長および静岡県庁からは土居弘幸健康福祉部技監(当時)などのメンバーが集まり、検討会を開催し、具体的な構想の実現に向けた熱い議論を展開していきました。この議論の中で、多くの県民の間で基本的な理念を共有し理解を得ることが重要であると考え、「住民本位」と「イコール・パートナーシップ」を基本コンセプトとする「ファルマバレー宣言」を採択しました。
「私たちは、患者・家族の視点に立ち、叡智を育み結集し、共に病と闘い、支えあい 健康社会の実現に貢献することを宣言します」
 この宣言は、構想の憲章ともいうべきものであり、今日までプロジェクトにおける行動規範として関係者に共有されています。

(4)ファルマバレーセンターの開設と活動の変遷
 プロジェクトの中核支援機関であるファルマバレーセンター(PVC)は、2003年4月、初代所長に協和発酵工業㈱創薬研究本部理事(当時)の井上謙吾氏を招聘して職員計6名の体制と、事業費約1.3億円の予算規模でスタートしました。発足時は、静岡がんセンターの付属建物の一室を借りて事務所を構え、また、組織体制については、静岡市に本部を置く県の経済産業支援団体である財団法人しずおか産業創造機構の傘下に入り活動を開始しました。
 2005年11月に静岡がんセンター研究所が完成し、PVC事務局を同研究所に移しました。その後、2012年には植田勝智副所長(静岡県中小企業団体中央会出身)が2代目所長に就任、2016年に旧県立長泉高校跡地に整備された静岡県医療健康産業研究開発センターに事務所を移転、近年は職員数が30人を超え、年間事業費も6億円を超える規模に拡大しています。
 その間、静岡県治験ネットワーク構築(2003年)、静岡県立大学創薬探索センター設置(2004 年)、東京工業大学、東京農工大学、早稲田大学と包括的事業連携協定締結(2004年)、かかりつけ湯協議会発足(2005年)、慶應義塾大学と包括的事業連携協定締結(2010年)、県東部12市町が「ふじのくに先端医療総合特区」に指定(2011年)、一般財団法人ふじのくに医療城下町推進機構設立(2017年)、公益財団法人化(2019年)、山梨県との医療健康産業政策に関する連携協定締結(2019年)、「ふじのくに先端医療総合特区」区域に山梨県7市町が追加指定(2021年)、山梨県との広域連携による地域発展に貢献するパートナーシップ協定締結(2022年)などの活動を経て現在に至っています。

(5)静岡がんセンターとの強固な連携体制
 プロジェクトの最大の特徴は、静岡がんセンターという高度専門医療機関が中心となってメディカルクラスターを目指しているところです。
 静岡がんセンターは臨床現場のニーズをPVCに提供するとともに、県内外の大学・研究機関や企業との共同研究を推進するなど、山口総長を先頭に多くの職員がプロジェクトに積極的に参画しています。特に研究所には「医看工連携研究室」を16室設けており、首都圏の大学や県内外の企業が静岡がんセンターとの共同研究開発を行っています。これまでに臨床現場のニーズに基づく様々な製品やシステムが生まれており、PVCが精力的にコーディネート、マッチングの役割を果たしています。
 また、PVCは静岡がんセンターの臨床研究や治験業務の事務をサポートする機機能を担い、 2006年から静岡がん治験ネットワーク構築事業を、2010年から治験審査委員会運営業務を受託しています。これらの業務を通じて、静岡がんセンターとPVCとの機能分担と連携強化を図ってきました。

(6)強力かつ継続的な静岡県の支援
 もう一つのプロジェクトの特筆すべき点として挙げられるのは、静岡県の長期継続的かつ積極的な財政支援と人材支援です。県は、プロジェクトのスタートから一貫してPVCの活動事業費はもとより産学官金ネットワークの構築や研究開発インフラの整備など、包括的な財政支援と投資に努めてきました。また、産業施策や医療・薬事行政の経験者をはじめ、様々な場面で即戦力となる職員がPVCに派遣され、プロジェクト推進の原動力となりました。
 また、プロジェクトの進捗状況と将来展望に合わせて、県庁の所管部局を柔軟に変更してきたことも効果的でした。構想検討の準備期(〜 1999年度)はがんセンター準備室、構想検討期(〜2002年度)は企画部、医療分野の基盤整備に重点を置いていたPVC開設初期(〜2006年度)は健康福祉部、企業支援や研究開発などものづくりに重点を移してからは経済産業部が担当することとなり現在に至ります。こうした県の強力な支援が契機となり、市町や金融機関等との連携協力体制の構築につながりました。

(7)長泉町との連携とまちづくり
 特に、静岡がんセンターの建設地となった長泉町との連携は重要でした。がんセンター周辺のアクセス道路、上下水道のほか、新たな公共施設(健康増進や子育て支援施設など)の整備が進みました。また、がんセンター隣接地や周辺への企業誘致とJR御殿場線新駅(長泉なめり駅)の誘致にも成功し、町内には新たな商業施設の進出やマンションの建設が相次ぎ、静岡がんセンターとPVCを拠点とした「医療城下町」が形成されました。長泉町とは2019年にプロジェクト推進に関する覚書を締結してさらなる連携強化を図っています。この医療城下町を基盤に、さらに県東部地域に広がる医療田園都市(メディカルガーデンシティ)の形成に向けて、将来のまちづくり構想を検討していく予定です。

 

     超高齢社会の理想郷を目指す「医療田園都市構想」

ふじのくに医療城下町推進機構常務理事 小櫻 充久

 静岡がんセンターとPVCの周辺は、緑豊かな自然環境に恵まれ、かつ、新東名高速道路や伊豆縦貫自動車道路のインターチェンジに近接しているため、ベックマンコールターやテルモME センターなどの医療関連企業が新たに進出するなど、プロジェクト20年のまちづくりの成果として、医療城下町の基盤となる中核拠点を形成してきました。
 特に近年、地元の長泉町は、静岡がんセンターの開設に伴い多くの雇用が創出され、さらに企業立地も活発であったことから、人口増加、地価上昇、税収増などの好循環が生まれ、「奇跡の自治体」として全国的に注目される存在となりました。
 これからの20年は、この医療城下町を基盤に、超高齢社会においても住民が安心して豊かな暮らしを享受できる理想郷「医療田園都市」(メディカルガーデンシティ)の実現を目指します。
 この構想は、「高度な医療環境」「田園のゆとり」「都市の活力」の3本の戦略を掲げ、地域の住民に安心を保障する地域モデルを構築し、ファルマバレー地域全体(静岡県東部の12市町)へと波及させるものです。

戦略1 「医療・福祉・介護による安心が実感できるまち」の実現
 ○戦術1 最先端のがん医療環境の整備
 ○戦術2 「生まれてよし老いてよし」の医療・福祉・介護機能の充実
 ○戦術3 大学院大学計画の推進による高度医療人材の集積

戦略2 「田園のゆとりが味わえるまち」の実現
 ○戦術1 「住んでよし訪れてよし」「生んでよし育ててよし」の自然環境・
      住環境の整備
 ○戦術2 豊かさを実感できる生活機能の充実
 ○戦術3 食を中心とするヘルスケア対策の推進

戦略3 「都市の活力が生きるまち」の実現
 ○戦術1 高収入が得られる「働いてよし」の産業集積
 ○戦術2 首都圏へ通える交通インフラの強化
 ○戦術3 「学んでよし」の国際レベルの教育環境の充実

 構想の実現に向けては、市町や企業・団体等による取り組みの具体化が不可欠です。特に、市町の特性を活かしたまちづくりの取り組みに大きな期待がかかります。そこで、構想の実現に向けた市町の取り組みや施策等についての提案や意見・要望を募集しています。例えば、自然環境豊かな住環境整備、高齢者にやさしい商業サービス機能が集積した拠点施設や公共交通機関の整備、高付加価値産業の集積と企業誘致、事業用地の確保創出、スタートアップ支援、オフィスやラボの誘致、中心市街地の再開発や拠点機能強化などです。
 今後、市町等からの提案や意見を積極的に取り入れ、構想の基本計画を策定する予定です。

 

中核支援機関ファルマバレーセンター  


  ファルマバレーセンターの足跡と未来絵

ファルマバレーセンター長 植田 勝智

(1)富士山麓先端健康産業集積構想(ファルマバレー構想)
 2002年3月の第1次戦略計画の策定を機にスタートして以降、始動期に位置付けられる2002年度から2008年度、成長期の2009年度から2015年度、そして発展期の2016年度から2022年度までの20年間、“ものづくり”“ひとづくり”“まちづくり”“世界展開”の四つの戦略を活動の基本に置き、プロジェクトは進められてきました。
 ここでは、始動期、発展期、成長期に至るPVCの活動と成果、そして今後に向けての未来絵について触れていきます。

(2)始動期:(基盤整備期/2002年度から2008年度)
 この期間、県民ニーズに応える世界レベルの高度医療・技術開発を目指す「研究開発の促進と健康関連産業の振興・集積」を基本目標に、これを達成するため「研究開発と医療の質の向上」「新産業の創出と地域企業の活性化」「ウエルネスの視点でのまちづくり」の三つの戦略と、「プロジェクトを支援する人材育成」の支援戦略をもって、プロジェクトは始動しています。
 PVCは、このプロジェクトがスタートした翌年の2003年4月に、静岡県庁からの派遣職員ほか6人で、静岡がんセンターの敷地内にある元保育所の隣地建物に看板を掲げました。
 組織は、財団法人しずおか産業創造機構(現:公益財団法人静岡県産業振興財団)のサテライトオフィスとして、主に医療健康関連産業の振興と育成を図る役割を担いながら、プロジェクトの基本である三つの戦略と一つの支援戦略の実現に向けて活動を開始しています。
 始動期では、住民(患者)、企業、医療機関、教育機関、行政の対話と協働による施策・事業展開を推進理念に、PVCは、コーディネート機能の整備等を着実に進めながら、各種事業の構築を図っています。
 初めに手掛けたのが「先進医薬普及促進事業」で、国内最大級となる“静岡県治験ネットワーク(28病院、14,000床)”を構築し、ハイスピード、ハイクオリティー、ローコストで治験ができる体制整備と、ネットワーク参加病院の治験従事者(CRC等)の育成・確保に努めました。翌2004年4月には、静岡県立大学(以下、県大)に“創薬探索センター ”を開設、静岡県環境衛生科学研究所(以下、環衛研)には大学や研究機関から収集した化合物約2,300個で構成する
“化合物ライブラリー ”を設け、静岡県発の創薬を目指す創薬探索システム「創薬探索研究事業」を立ち上げています。
 また、ベッドサイドクラスターの形成による新産業の創出に向けて、医療健康産業に携わる企業の掘り起こしと新規参入を目指す企業の支援を行い、人工呼吸補助器、リハビリ用トレーニングマシンなどの製品化や感染症用体外診断薬の開発が進みました。
 2003年、内閣府所管の「構造改革特区」の地域指定を受け、「先端健康産業集積特区」として外国人研究者受け入れに関する規制緩和に取り組む一方で、2004年には文部科学省の「都市エリア産学官連携促進事業(以下、都市エリア)」(一般型)の実施機関にも採択され、国立遺伝学研究所、東京工業大学、東海大学、沼津工業高等専門学校、静岡がんセンター、沼津工業技術センターや企業による研究開発が、特許出願や製品化に結び付いています。PVCはこれを機に、行政・産業支援機関で構成する「富士山麓産業支援ネットワーク会議」を設置し、これらの事業成果等について積極的に情報発信を始めています。
 また、2007年には後継事業として「都市エリア」(発展型)に採択され、静岡がんセンターを核に産学官連携による研究開発を継続しています。本事業では、包括的事業連携協定を締結する東京工業大学、東京農工大学、早稲田大学に加え、国立遺伝学研究所や地域企業等が、先端的研究やベッドサイドニーズに応える研究開発を進め、事業終了時には特許42件、試作・製品化60 数件の成果を出しています。なお、本事業は2010年度に「地域イノベーションクラスタープログラム(重点支援枠)」に引き継がれています。
 始動期前半の3年間は、プロジェクトおよびPVCの活動状況、臨床現場ニーズの情報発信を行うセミナー等を累計で50数回あまり開催しています。2006年に中小企業庁から採択を受けた「広域的新事業支援ネットワーク拠点重点強化事業」では、医療機器製造に携わる人材を養成する「MOTセミナー」をスタートさせています。また、伊豆の温泉や食など地域資源を活用した健康増進に特色を持つホテル・旅館57施設からなる「かかりつけ湯」協議会を発足させて、ウエルネス産業の振興にも寄与しています。

(3)成長期:(全国展開期/2009年度から2015年度)
 始動期から成長期への移行を機に、社会経済の環境変化に対応して戦略計画の見直しも行われました。第2次戦略計画の「患者・県民の視点に立った研究開発」「新産業の創出と地域企業の活性化」「プロジェクトを担う人材育成」「市町との協働によるまちづくり」「世界に向けた展開」が、見直しによって、「ベッドサイドニーズに応える“ものづくり”」「医療と産業を担う“ひとづくり”」「健康サービスが充実し高次都市機能が集積した“まちづくり”」「“世界展開”」の四つの戦略に集約され、以降、第3次戦略計画としてこの四つの戦略の基に医療健康産業クラスターの形成を目指すことになりました。
 この間、PVCではコーディネート機能を充実させるため、中小企業基盤整備機構の「川上・川下ネットワーク構築事業」を受託し、“ものづくり”への体制強化と、地域企業106社(現在 608社)の技術シーズを掲載した「Made in Mt.Fuji“ふじのくにの宝物”」を創刊。これにより基礎研究を製品に結び付ける“橋渡し研究”、医療従事者等のニーズを基にした“ニッチ製品の開発”、現在ある医療機器の“次世代機の開発”に対応可能な企業データが整い、PVCのコーディネート機関としての役割と活動が明確になりました。
 この“ものづくり”システムとコーディネート機能により、医療機器製造分野に新規参入する地域企業が相次ぎ、中には数十億円を売り上げる製品も出るようになっています。また、静岡がんセンターの歯科口腔外科とサンスター株式会社の共同研究成果として口腔ケア製品セットなどもこの頃に誕生しています。
 創薬探索研究事業では、発足時に約2,300個だった “化合物ライブラリー ”は、約70,000個(現在12万余)を保有するまでになり、“創薬探索センター ”では、感染症を対象にしたスクリーニングが実施され、累計で15件の特許出願が行われています。その後、“抗がん剤”を中心にした創薬探索研究が主流となり現在に至っています。
 また、先進医薬普及促進事業の“静岡県治験ネットワーク”では、治験の受託調整や支援倫理委員会の開催、グローバル治験で着実に実績を上げています。他にも10病院からなる“がん領域グループ”、5病院による“循環器グループ”の構築支援や、静岡がんセンターを核にした“臨床試験ネットワーク”の構築・運営なども支援の対象となっています。加えて2010年からは、がんセンターが製薬企業から依頼され実施する臨床試験に係わる倫理審査委員会の運営も任され、これまでに500件近い審査の支援を行っています。
 人材育成では、2009年度に静岡県東部の地域再生計画が認定され、文部科学省の「地域再生人材創出拠点の形成」に応募することが可能となり、沼津工業高等専門学校、東海大学の連携による「富士山麓医用機器開発エンジニア養成プログラム(以下、F-met)」が採択を受け、本格的に事業をスタートしています。
 2011年12月には、県東部12市町の区域が内閣府から「ふじのくに先端医療総合特区」に指定され、この支援策を活用して静岡がんセンターでは、がん遺伝子の解析研究をする「プロジェクト HOPE」立ち上げの足掛かりにし、地域企業では人工関節インプラントの開発に着手しています。また「F-met」が、規制緩和の対象となる認定講習に指定され、本プログラム受講修了者には、医療機器製造に必須の資格が付与されるようになりました。
 PVCでも2013年に、文部科学省の補助事業「地域イノベーション戦略支援プログラム」に採択され、医療機器・創薬分野の研究開発に精通したコーディネータ7人を配置した結果、地域企業19社の医療機器製造への参入支援と、40件ほどの医療機器・用具が産み出されています。創薬分野では25件ほどのプロジェクト支援が行われ、現在も研究開発を進めている企業があり、今後、異業種から製剤分野へ進出を図ることになっています。

(4)発展期:(新たな挑戦期/2016年度から2022年度) 
 新たな躍進に挑む発展期に、PVCは大きな転機を迎えます。
 発足時の活動拠点を静岡がんセンター研究所に移してから10年余が経過した2016年、廃校となっていた県立高校が県によってリノベーションされ、「静岡県医療健康産業研究開発センター(以下、センター)」として生まれ変わり、ここがPVCの新たな活動拠点になりました。
 整備されたセンターは、医療健康分野への企業の参入と製品開発を加速させる拠点として医療機器メーカーのテルモ株式会社を含む11社(当初)が入居しています。この施設の指定管理者となったPVCはラボマネージャーを配置し、コーディネーターとともに入居企業と地域企業との連携強化や、入口(開発)から出口(販売)に至るまでの伴走支援を行い、新製品開発をはじめ入居企業間の共同研究開発や事業上の取引におけるマッチングなどで成果を上げています。
 また組織においても大きな変化がありました。長く静岡県産業振興財団のサテライトオフィスとして活動してきたPVCが、同財団から事業譲渡を受けて、一般財団法人ふじのくに医療城下町推進機構として独立、さらに翌年の2019年に公益財団法人に改組されて現在に至っています。
 同年12月、山梨県との医療健康産業政策における連携協定が締結され、山梨県企業等と協働して医療健康産業分野の基盤強化を図ることになりました。さらに2021年2月、総合特区変更申請により山梨県内7市町が計画地域に追加され、これにより山梨県のメディカル・デバイス・コリドー推進センターとの連携が強化されています。この他、全国のライフサイエンス分野の特区との交流を深め、プロジェクトを“点から面”へと拡大を図っています。
 “点から面”への展開の一環として実施している「ふじのくに医療・介護福祉機器展」は、年々参加する都県の範囲が拡大しており、クラスター間の具体的な交流・情報交換、企業間のマッチングや商談が活発化しています。
 また、2017年には経済産業省の助成金を活用し、ドイツで開催されたMEDICAに出展、世界展開を目指す地域企業製品の海外販売代理店獲得に貢献しています。さらに新型コロナウイルス感染症拡大で不足する医療用資材を、PVCのネットワークを通じて海外調達するとともに、感染対策用防護具の開発や製品化に迅速に対応することができました。
 2018年には、人生100年時代への対応として「健康長寿・自立支援プロジェクト」を立ち上げ、“老化現象の予測・予防”、“補助器具の開発・情報提供”、“医療介入支援”、“人生100年時代の住宅整備”の四つの戦略を推進しています。この戦略の中でいち早く着手されたのが、“人生100年時代の住宅整備”で、2021年3月、モデルルーム「自立のための 3歩の住まい」が設置され、様々な分野から800人余の見学者を受け入れ、多くの感想・意見をお聞きしています。現在、国土交通省の補助金を得て「標準設計モデル」等の作成を進めています。

(5)未来へ:ファルマバレーセンターの未来絵
 プロジェクトのスタート以来、静岡がんセンターがプロジェクトの中核機関、そしてPVCが中核支援機関となって「世界一の健康長寿県の形成」の理念達成のために「医療城下町」を構築し、着実に成果を上げてきました。そして20年を迎えたのを機に、プロジェクトは「医療城下町」をより大きく発展・充実させた「医療田園都市(メディカルガーデンシティ)」の実現に向けて、新たな第一歩を踏み出すことになります。
 これまでのPVCの大きな役割は、創薬探索や治験をはじめ、医療機器分野への参入支援や機器開発等で、医療健康産業を振興させることにありました。これからは創薬探索4 4 から静岡県発の薬剤開発4 4 に重点を置き、その治験を治験ネットワークで実施するエコシステムを目指します。
 また、開発された地域企業等の医療機器を確実に市場に送り出し、事業化することで“金づくり”に結び付ける実践的な支援が必須となります。そのために、実務経験者等の専門家ネットワークを再構築・充実させ、ニーズ収集、開発企画、製品設計、品質保証、市場性、販路開拓などを総合的に判断・支援できる体制を強化していきます。
 これら実務者の知見と各々の人的ネットワークを活用し、医療機器開発から製造に至るまで、“PVCに相談をすればものづくりの課題は解決できる”と、言われるような有機的企業集団の形成と、高付加価値産業の誘致・高度化を図ることで、国の内外からオーダーが入るシステムを構築し、医療健康産業の活路を拓いていきます。
 併せて、「自立のための 3歩の住まい」の実装化による“安心・安全”で“ゆとり”のある「まちづくり」形成についても、その一翼を担いながら、プロジェクトに参画する産業分野の拡大に寄与しつつ、富士山麓地域のさらなる活性化を目指していきます。

 

  地域で支える組織体制 

ファルマバレーセンター総務部長 浅井 定和

 PVCは、2003年財団法人しずおか産業創造機構(当時)として静岡がんセンターの敷地内に開設されました。当初は静岡県からの派遣職員を中心に6名の職員で発足し、年々事業が拡大する中で東部地域12市町との連携が進み、2008年からは「富士山麓ビジネスマッチング推進事業」への支援をいただいている市町から産業支援担当の職員が派遣されるようになり地元企業への支援が充実していきました。また、2012年からは地元の三島信用金庫から始まり沼津信用金庫、スルガ銀行からも職員が派遣され、金融面からの企業支援が加わることで、一層充実したものになりました。
 PVCは2018年4月に静岡県産業振興財団から独立し、翌年には公益認定を受け公益財団法人ふじのくに医療城下町推進機構として活動しており、役職員数38名の組織となりました。
 現在は理事長をはじめとする業務執行理事の管理の下、総務部・事業推進部・治験推進部・施設部の4部体制で事業活動および法人の運営を行っています。総務部は法人の庶務、経理部門を担い、事業推進部は企業の医療健康産業への参入・製品化・事業化等の支援をはじめ各種セミナーの開催や、製品開発のため助成金の支援、加えて県立大学等と連携した創薬探索や超高齢化社会における自立支援事業等を実施しています。治験推進部は、地域医療の中心を担う中核医療機関(2022年度現在27施設)で構成する静岡県治験ネットワークの充実を図るとともに、治験業務に携わる職員の教育研修や静岡がんセンターの企業治験倫理審査委員会の運営、臨床研究の支援等を行っています。施設部は当機構唯一の収益事業として静岡県医療健康産業研究開発センターの施設管理業務とラボマネージャーを中心にコーディネーターと連携した入居企業への支援を行っています。

◎総務部
 法人運営、経理、物品管理、庶務等
◎事業推進部
 プロジェクト推進事業
 ビジネスマッチング促進事業
 研究開発等研究事業
◎治験推進部
 先進医薬普及促進事業
 臨床研究支援事業
◎施設部
 指定管理業務

 

  拠点施設ファルマバレーセンター

ファルマバレーセンター施設部長 池ノ谷 泰光

(1)施設開設経緯
 2002年にスタートしたプロジェクトは、静岡がんセンターを中心とする医療機関の臨床ニーズ・シーズを活用しながら、医療健康分野における医療機器等の製品化を加速させることにより、「医療健康産業による県経済基盤の発展」を目的としています。
 このプロジェクトのさらなる成長の推進エンジンとして、2016年に旧県立長泉高校跡地に「静岡県医療健康産業研究開発センター」が開設されました。プロジェクトの中核機関である静岡がんセンターに隣接しており、東名、新東名とのアクセスも良く、新幹線駅にもダイレクトにアプローチできる大変恵まれた環境は、プロジェクトの拠点施設の立地場所として最適なロケーションであるといえます。2011年に高校跡地のプロジェクトへの活用が方針決定され、2012年度に基本構想、2013年度に基本計画を策定、2014年から整備に着手しました。2016年3月1日に二つのゾーンが先行してオープン、同年9月1日全館開所の運びとなりました。

(2)施設の状況
 センターは、敷地面積約43,000㎡、建物は高校の校舎・体育館を改修した3棟に新たに増築した4棟を加え、総延べ床面積約17,000㎡、地域企業が医療分野の製品開発を進める「ものづくり」戦略の拠点施設として、「リーディングパートナーゾーン」「地域企業開発生産ゾーン」「プロジェクト支援・研究ゾーン」の三つのゾーンで形成されているのが大きな特徴です。各々のゾーンが持つ特色、役割が相互に機能していくことで、オープンイノベーションに必要な研究開発、企業支援、人材育成、交流・連携の諸要素が一元的にパッケージ化され効果を発揮していく施設となっています。
 「リーディングパートナーゾーン」に入居するテルモ㈱MEセンターは、高度な技術シーズによる研究開発等を進めながら、地域の企業への技術的な支援を行いプロジェクトの推進に協力・貢献する役割を果たしています。「地域企業開発生産ゾーン」は、医療健康分野の二次創業や事業拡大を計画する地域中小企業が、開発と生産を一体的に行いステップアップを図っていく施設であり、東海部品工業㈱が事業活動を進めています。これら二つのゾーンは研究開発機能のみではなく、テルモがECMOを生産する等生産設備を合わせ持っているため、入居企業・地域企業との技術連携を図りながら、経済活動をより活発化させていく役割も担っています。ラボ仕様 17、オフィス仕様6の計23の研究室からなる「プロジェクト支援・研究ゾーン」には、新たな事業・研究開発を目指すオリンパステルモバイオマテリアル㈱、サンスター㈱、㈱リコーや地域企業に加え、知財・薬事等のコンサルタントが入居しています。
 同時に、静岡がんセンター研究所から中核支援機関であるPVCが移転、入居し、開所以来「研究開発センター指定管理者」として施設の管理運営に当たっているほか、ラボマネージャーを配置し、コーディネーターと連携しながら、入居企業間のみならず、地域企業や地域医療機関、大学・研究機関、金融機関相互の連携創出をワンストップで積極的に進めています。加えて、医療機器等の常設の展示場所、交流スペースや会議室を備え、多様な企業の垣根を超えた意見交換が実施され、触発、創発を生む自由な交流の場ともなっています。

 

 これらの仕組みにより、医療健康関係の大小様々な入居企業がセンターを拠点に研究開発を進め、開所からこれまでに、使い勝手や機能を改良、拡充させた電子体温計やシリンジポンプ、歯科用診療材料、口腔ケア用品、整形外科用骨接合材料、電子駆血帯など21件が事業化・製品化されました。また、入居企業同士や地域企業、大学、研究支援機関との共同研究がスタートしたケースが27件を数えるなど、多くの研究開発への革新的な取り組みが結実しています。
 また、併設された会議室を会場に各種人材養成セミナーが開催されているほか、静岡がんセンターが開講する教育機関、認定看護師教育課程も入居しており、『ひとづくり』戦略の実践拠点ともなっています。

(3)未来に向けて
 センターが有する機能を最大限に発揮・活用することで、地域企業の参入と成長を促し、東部地域を中心とする地域経済のさらなる発展と、医療健康産業の集積を進めるという開設目的を原点としながら、入居開始から10年が近づき新たなステージへの展開が求められています。
 スタート時の入居企業が主として成果を上げてきた医療産業分野にとどまらず、住む人の生活の安心に寄り添う福祉・介護関連分野、ソフト開発分野も含め新規企業の入居を常に念頭に置くとともに、入居する企業の新たな研究開発へのチャレンジに応えていく支援拠点を目指していきます。

 

  主な成果
1. Made in Mt.Fujiの「ものづくり」を支援(事業推進部)

ファルマバレーセンター事業推進部長 稲葉 大典

(1)産学官金連携による「ものづくり」の推進
 20年の歴史を経た2022年現在、プロジェクトへの参画企業は約600社を数えます。プロジェクトの推進にお力添えいただいている静岡県東部の市町に拠点を持つ企業を中心に、県中西部、さらには県外の企業も加わるなど、医療・健康産業分野への関心の高さ、参入への意欲は衰えることなく、むしろ年々高まっていると感じています。高度な、あるいは特徴ある技術を有する企業群の存在が、プロジェクトの大きな柱である「ものづくり」の主役となっています。
 PVCにおいては、プロジェクト参画企業のニーズやシーズ、近況の取り組みや要望などを聞くために、日々情報の受発信に努めており、時に金融機関、時に他の支援機関、時に企業が関心を持っている領域の研究を行う研究者など、いわゆる産学官金による地域連携を進めています。
 一方、「ものづくり」を進める上で現場のニーズが必要不可欠です。こうした現場の声の収集は、静岡がんセンターを中心とした医療・介護現場の方々との情報交換を行い、その中から製品開発に結び付くようなテーマが無いか検討を重ねることになります。また近年では探索するテーマの領域を広げ、介護・福祉分野にも注目し、平成後期より新たに推進している健康長寿・自立支援プロジェクトの展開につなげています。

(2)地域企業を支え続ける支援メニュー
 このような活動の歴史を経てPVCでは様々な経験を積み、いくつもの支援メニューが生まれてきました。その一つが製品化の第一歩となる「試作」に対する支援メニューです。現場の声の中から製品化に向けたテーマが決まると、その製品を形にできる企業に相談することになります。しかし、この段階では出来上がるものが世の中で受け入れられる(売れる)かはまだ未知数で、企業は関心はあれど、負担を考えると中々試作に踏み切れないという状況がありました。そこで、PVCが発掘したニーズをもとに試作できる企業に対して開発を委託する制度「可能性調査事業」が生まれました。同事業を活用し出来上がった試作品は、ニーズ元である医療機関等が評価し、多くの方々の声をもとに改善を行い製品化に向けた次のステップへと進みます。
 また、試作の先にある「製品化」にも高い壁が待ち受けていることがあります。そもそも「製品化」に必要な機器の購入や、安全性など各種試験の実施、複数の企業で取り組む際に必要な外注費などです。このように試作の段階は経たものの、製品に仕上げる最後のひと押しを望む声も多く聞かれたことを受け、新たな製品開発に挑む企業の一助になれば、と「医療機器等開発助成金」「自立支援・介護支援機器等開発助成金」という補助金制度を設けており、いずれの補助金も設置以来、企業の要望を伺いながら、少しずつ変化・進化を続けています。紹介させていただいたPVCがもつ事業の支援メニューのほかにも、企業の要望、事業規模、事業フェーズに合わせた競争的資金の情報発信や申請に関する相談に応じるなどのお手伝いをしています。また、PVCとしても地域企業の支援に活用できる競争的資金には積極的にエントリーし、これまでに経済産業省や文部科学省等に採択されています。
 これら日々の地道な活動が地域の産学官金連携の結束を強化し、新たな交流や信頼関係を生み、さらにはプロジェクトへの参画企業=仲間を増やしてきた背景であり、プロジェクトにおける「ものづくり」推進の基礎、強味となっています。例えば約120ある県内の医療機器製造事業所のうち半数にあたる約60事業所が県東部のファルマバレーエリアに拠を構えていることも現れの一つといえるかもしれません。さらに、この約60の事業所のうち、47社はPVCが何らかの形で支援し、医療機器製造分野に参入した企業です(2003年4月〜 2020年3月)。もちろん参入したらそれでおしまいということはなく、製品開発の支援や完成した製品の販路拡大などサポートは続きます。
 これまでプロジェクトで生まれた製品は160を超えています。用途も様々で、イメージし易い高度な医療機器もあれば、医療機器未満の便利なアイデアグッズのようなものもあります。この 160という数字をどうご覧になるでしょうか。数多ある現場の声から始まり、これならば製品として世に出せるかもしれないという選別に残り、形にできる企業が現れ、数々の困難を乗り越え世に出た製品達の数です。見た目のインパクトは少ない製品だとしても、概ね10倍はあった現場の声から勝ち抜いたエリートたちです。
 一方でしばしば完成した製品の売上高を問われます。この重要性は認識しており、正直売上という側面では苦戦しているものもあります。しかし、物差しはそれだけではありません。製品化の過程で得られた品質管理などの精度向上、場合によっては社屋の改修等設備投資、さらには知的財産の獲得なども考えられ、それらは時として企業そして働く社員のモチベーションにつながり、新たな営業の武器として思わぬ仕事を呼び寄せることもあります。

(3)地域企業と共に
 これまでの活動を振り返ると、「こうすれば大成功」という必勝パターンはまだ見つかりません。しかしながら「打ってはいけない手」は間違いなく存在し、その存在を見分ける力は培ってきました。20年間、参画企業はもちろん、地域の産学官金の力添えのおかげでプロジェクトを進めてくることができました。もちろんプロジェクトはまだまだ続きますし、求められるモノやコトも変化していくことと思います。これまでの経験値を大事にしながらも変化を恐れない産業支援機関として、地域所得向上のために皆様と共に成長していきます。

 

2. 創薬探索研究 〜静岡発の創薬を目指して〜

ファルマバレーセンター事業推進部主査 中村  仁

(1)20年のあゆみ
 我が国の医薬品は、化合物の探索、化合物の評価(効果、毒性等)、臨床試験を経て開発されますが、長い年月と多額の費用が必要となります。そこで静岡県は、効果的に県内から医薬品を開発するため創薬探索研究事業を立ち上げ、PVCでは、医薬品候補化合物の探索を支援するための化合物ライブラリーを2004年に整備しました。これは、新薬となる可能性を秘めた化合物を集めたもので、医薬品開発の初期段階で活用されます。低分子を中心に構造多様性等を考慮して、12万余を収集してきました。この収集した化合物を、優れた創薬スクリーニングアッセイ系を有する静岡がんセンター研究所、静岡県立大学創薬探索センター等のアカデミア、企業等に提供した結果、抗腫瘍効果などがある有望な化合物が見つかりました。加えて、これまで30件の共同研究(コーディネート、MTA件数)を通じて、39件(うち17件はPCT国際出願)の特許を出願しています。

(2)現在の状況
 現在、ライブラリーを活用した創薬探索として、静岡がんセンター発、プロジェクト発の副作用低減を目指した薬剤のヒトを対象とする臨床試験が進められており、大きな期待が寄せられています。さらに、プロジェクト開始20年の節目に当たり、効率的かつ効果的に創薬探索研究事業を推進するため、事業を抜本的に見直しました。2022年度からは、以下の新たな五つの方針に基づき、創薬探索研究事業を拡充し取り組んでいます。
1)臨床現場で剤形や投与経路の追加等が望まれている薬剤について、静岡がんセンターと連携し処方薬の改良を目指します
2)静岡がんセンター研究所から発掘された創薬シーズおよび研究所独自の研究技術を製薬企業に紹介し、長期的な協働関係の構築を目指します
3)
各分野の専門的な研究者を集めたサロンを開催し医薬品を中心とした製品開発につながる創薬シーズを発掘します
4)
化合物提供から類縁体合成までの支援体制が確立しているPVCの化合物ライブラリーの広報活動を積極的に行い、新たな創薬シーズを発掘します
5)
専門家の先生方から技術的な助言等をいただき、事業の施策に反映します

(3)未来に向けて
 五つの指針に基づき、静岡がんセンターや製薬企業との連携を深化することで、静岡発の医薬品開発を一層支援していきます。また、ヒット化合物取得後の協力体制も強化していますので、ぜひPVCの化合物ライブラリーをご活用ください。

 

3. 医療の質向上をサポート(治験推進部)

ファルマバレーセンター治験推進部長 橋本 憲治

(1)静岡県治験ネットワーク
 治験推進部では、事務局として静岡県治験ネットワークを運営しています。  
 質の高い治験への取り組みを推進して医療の質を向上させ、最新の良薬をいち早く提供することを目的に、静岡がんセンターをはじめ静岡県内の地域 医療の中心を担う中核病院が参加し、2003年に7病院からスタートしました。徐々に拡大を続け、現在27病院、約13,000床を超えるネットワークに成長し、全国でも大規模なネットワークに数えられています。治験の実施を支える治験コーディネーター(CRC:ClinicalResearchCoordinator)は94名、治験事務員は47名に上っています。治験実施体制の整備に当たっては、治験に従事するスタッフへの様々な研修を開催しており、ネットワークのアピールも兼ねた全国を対象とした研修等を含めて、これまでの参加者は延べ7,000名を超えました。
 静岡県治験ネットワーク参加医療機関への治験依頼獲得に当たっては、製薬企業へ当ネットワークをアピールし、現在までに40社、135試験の治験を受託し、その領域は多岐にわたっています。また、静岡県治験ネットワークにて治験を実施した医薬品が承認され、発売に至っております。今後も当ネットワークで治験を実施した医薬品が順次発売されることが期待されます。

(2)臨床研究の支援
 さらに治験推進部では、医療技術の進歩に寄与することを目的に、静岡がんセンターをはじめ静岡県治験ネットワーク参加医療機関に所属する研究者が計画・実施する臨床研究に対し、運営事務局業務やデータセンター業務を支援してきました。臨床研究には県外の医療機関も参加しており、これまでに29試験の支援を行っています。また、静岡県がん診療連携拠点病院におけるがん治験ネットワークの運営事務局を担い、がん領域の治験・臨床研究の実施を推進するための活動にも日々取り組んでいます。これまでに三つの多施設共同の自主臨床試験を支援しており、現在4試験目が実施されています。
 その他、静岡がんセンターが設置する企業治験倫理審査委員会の運営事務局を平成22年から受託し、毎月1回開催される委員会の円滑な運営に努めており、これまでに約500試験の審査が行われています。

(3)今後に向けて
 最新の医療をいち早く提供するためには治験等の臨床試験の推進が必要であり、これらを実現するため、治験推進部として今後も臨床試験のさらなる充実に取り組み、医療活動の発展に寄与していきたいと考えています。

 

4. 自立のための3歩の住まい 〜高齢者が安心して生活できる住環境の提案〜

ファルマバレーセンター事務局長 三田  功

(1)経緯
 世界に先駆け、超高齢社会に突入した日本にとって、人生100年時代への対応が喫緊の社会課題となっています。そこで、静岡がんセンターの治療、看護、リハビリや介護の知見と、PVC のものづくりノウハウを、身体機能が低下した高齢者の生活や在宅介護・医療の現場で活かすために、2018年から新 たに「ゲノム医療」「介護支援機器開発」「医療機器開発」「人生100年時代の住宅整備」の四つを柱とする健康長寿・自立支援プロジェクトに取り組んでいます。
 PVCでは、特に高齢者の住環境に着目し、健康寿命が過ぎた高齢者が安心・安全・快適に自立した生活を送るための住環境を提案するため、静岡県、静岡がんンター、PVCに加えて、医療経営コンサルタントや建築士、総合家電メーカー、住宅設備・建材メーカーなど様々な専門家から成るコンソーシアムを構築し、検討を重ねました。この議論を通じて、高齢者が可能な限り自分らしく暮らしていくことができる住環境を「自立のための3歩の住まい」として、四つの特徴を提案するとともに、2021年3月には、この特徴を持つ製品群を選択し、一つの部屋として具現化した約28㎡のモデルルームを完成させました。

(2)人生100年時代の高齢者住宅「自立のための3歩の住まい」
 身体の自由が利きにくくなり、移動が困難となると、一つの部屋に生活で必要となる機能を集中させることが望ましいことから、モデルルームには次の四つの特徴を設定しました。
 一つ目の特徴は、「3歩から考える」です。生活の中心となるベッドから直線的にトイレ・シャワー・洗面所を配置し、約3歩の範囲内での設計とすることで、自力歩行を促すものです。特に、ベッドから最も近い距離にトイレを設置するのは、最後まで自立して行いたい排泄行為への利便性と個人の尊厳を重視するものです。二つ目の特徴は、「医療介護に適した部屋」です。高齢者を各種感染症から守る等医療や介護面での安全・安心を重視し、コンソーシアム参加企業による新開発の抗ウイルス、抗菌、消臭、抗アレルギー機能を備えた壁、床材を使用しています。さらに、天井には生活補助レールも設置していますが、バイタル検知システムやリフトアップ装置等生活をサポートする機器への発展を想定したものです。三つ目は、「ロボット化・AI 化」です。立ち上がりを支援する高機能ベッドや、歩行トレーニングロボットなど、コンソーシアム参加企業が開発した製品を中心に設置しています。四つ目の特徴が、情報技術を活用した「家族・社会との絆」です。社会との関わりの低下は高齢者の健康の低下につながるといわれており、IoTを活用した新たなサービスが重要となってきます。オンライン診療や遠隔地の家族との会話は現実のものとなっており、モデルルームにはガラス窓のように普段は透けているが、起動するとテレビモニターの役割を果たす高機能ディスプレイを社会との窓として整備しています。
 このモデルルームは、四つの特徴の具現化に加え、高齢者の理想の住環境を提案する共同研究室として位置づけています。企業や福祉施設の方々に見学、体験いただき、新たな機器やサービスのアイデア創出につなげ、製品開発へと結びつける場として活用しています。
 医療従事者や内閣府、シンガポール大使館等行政関係者なども含め、2022年12月までに約800 人の方々が訪れ、高機能ベッドなど個々の機器の改良点をはじめ、感染症対策や安全性についてなど、多岐にわたり意見をいただきました。設備機器メーカーへフィードバックするとともに、これらの意見を活かし、モデルルーム発として地域企業のアイデアからマンツーマン対話器等介護製品が開発されています。

(3)高齢者の理想郷を築く、未来への展望
 医療城下町の発展形であり、東部各市町のまちづくりを加速化する指針として位置づけられる「医療田園都市構想」の理念は「超高齢社会の理想郷」づくりです。高齢者の安全・安心な住環境づくりはこの中核とも言え、一般住宅などへの3歩の住まいの特徴の実装化と20年後を見据えた介護機器開発に、PVCは注力していきます。
 まず実装化に向けては、3歩の住まいの設計に必要となる要件を規定したマニュアルと、6畳や8畳などの一般的な居室に3歩の住まいの機能を当てはめた設計サンプルの作成を2022年度国土交通省事業を活用して取り組んでいます。今後、地域のハウスメーカーやサービス付き高齢者向け住宅運営業者と、これらを活用して連携を図り、社会への訴求を強化していきます。また、介護機器開発については、高齢者のQOL向上と介護者の負担軽減の視点から、高齢者の生活の中心となるベッドやトイレのロボット化を重点的に研究していきます。専門知識を持つアドバイザーやコンソーシアム参加企業の協力のもと、自立した生活に必要不可欠なロボットの開発を目指していきます。

静岡がんセンター・ファルマバレープロジェクト 20年のあゆみ

静岡がんセンター・ファルマバレープロジェクト 20年のあゆみ