病院の活動 総括

総括                                                                                                   

病院長 上坂克彦

 病院のあゆみ
     静岡がんセンターは2002年9月6日に開院し、診療を開始しました。それに先立って、職員は同年4月に長泉の地に集まり、山口建総長、鳶巣賢一病院長の下、約5カ月にわたって連日議論を重ね、診療のための運用ルールの作成、必要物品の購入、電子カルテシステムの構築、外来や入院診療のリハーサルなど、開院の直前まで準備作業を行いました。それまで別々の医療機関で働いていた職員が、約5カ月もの間ひたすら議論したことは、全く新しい病院を立ち上げるに際し、職員間の意思疎通を深め、「患者さんの視点の重視」を基本理念として共有するために大切な時間でした。
 開院初日は、96名の患者さんが受診し、うち2名が入院しました。開院日には、患者さんの流れや診療が順調に進むか、電子カルテがダウンしないかなど、ずいぶんと心配しましたが、幸い大過なく初日が終了しホッとしたことは、いまも記憶に鮮明に残っています。
    診療体制については、開院時は、常勤医師86名(36診療科)、看護師268名、コメディカル57名、許可病床313床(一般病棟 9、本棟緩和病棟 1、緩和別棟 1、GICU 1)で始まりました。その後徐々に増床を重ね、最終的には、2016年11月に全615床(一般病棟13、本棟緩和病棟1、緩和別棟1、GICU 1)を開床し、2022年末時点で、常勤医師178名(41診療科)、看護師690名、コメディカル179名の体制となりました。
    この間診療規模は経年的に拡大し、2003年度は年間外来患者数125,433名、入院患者数7,341名、化学療法センター(通院治療センター)患者数10,434名、手術件数2,564件、放射線・陽子線治療人数1,337名であったものが、2021年度には外来患者数312,172名、入院患者数15,536名、化学療法センター患者数28,733名、手術件数4,690件、放射線・陽子線治療人数1,974名になりました。
      2011年1月から玉井直が第2代病院長を、2017年4月から高橋満が第3代病院長を務め、そして2020年4月に第4代病院長として上坂克彦が就任しました。

 20年のがん診療
(1)外科治療
      開院当初は、開腹手術、開胸手術などの一般的な手術が主流で、消化器外科領域では拡大手術が全盛でした。標準的な手術に加え、頭蓋底腫瘍に対して脳神経外科、頭頚部外科、再建・形成外科が協力して行う頭蓋底腫瘍切除再建術や、広範囲胆管がんに対する肝・膵頭十二指腸切除術などに代表される、一般病院では手が出しにくい難治がんに対する拡大手術、高難度手術に積極的に取り組んできました。悪性腫瘍の手術では、体の組織や機能の喪失をしばしば伴います。頭頚部外科、乳腺外科、整形外科などの外科系診療科と再建・形成外科が協働し、マイクロサージャリーによる微細血管吻合を用いた移植・再建術を行うことによって、根治術後の整容と機能の温存を図り、患者さんの生活の質向上に努めてきました。
    開院当初から、大腸外科、胃外科、呼吸器外科など一部の診療科では、腹腔鏡や胸腔鏡を用いた低侵襲性手術を少しずつ開始しました。特に大腸外科ではいち早く腹腔鏡手術に取り組み、すでに2003年には手術の半分弱程度を腹腔鏡下で行うようになりました。その後、泌尿器科、婦人科、食道外科、肝胆膵外科でも腹腔鏡手術を順次導入しました。
    2011年には手術支援ロボット「ダ・ヴィンチ」を導入し、まず胃外科、大腸外科が臨床試験としてロボット手術を開始しました。2012年には、保険適用となった前立腺がんに対するロボット手術を泌尿器科が開始し、さらに2014年からは呼吸器外科、2019年に婦人科、2021年に食道外科、2022年に頭頚部外科と肝胆膵外科がロボット手術を開始しました。ダヴィンチは2013年4 月に2台、2021年4月からは3台体制とし、その結果2021年のロボット手術は、病院全体で年間 500件を超すまでになり、我が国を代表するロボット手術のハイボリュームセンターとなりました。
    内視鏡科では内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)の手技やそれに用いるITナイフの開発、および国内のみならず国際的な普及に努力してきました。上部消化管、下部消化管のESD件数は日本有数で、低侵襲性手術の推進に大きく貢献してきました。

(2)薬物療法・がんゲノム医療
 がんに対する当院の薬物療法は、呼吸器内科、消化器内科、女性内科、原発不明科、血液・幹細胞移植科、小児科などの腫瘍内科系診療科、脳神経外科、婦人科、泌尿器科、皮膚科、整形外科、乳腺外科などの一部の外科系診療科、そしてIVR科が担ってきました。開院当初は細胞障害性抗がん薬が主体でしたが、その後急速に分子標的薬の開発が進みました。さらに2014年からは免疫チェックポイント阻害薬が出現し、薬物療法の量と質は大きく変化してきました。治療の場も、入院から外来中心へと大きくシフトました。
     現在の化学療法センターは、2003年に20床の通院治療センターとして外来棟2階で運用を開始しました。2010年に外来棟3階に移動、さらに2016年に化学療法センターに名称を変更し、2022年度には54床で運用しています。化学療法センターを利用する1日の平均患者数は、2005 年までは50名未満でしたが、2022年末には123名となり、また多い日は1日180名を超えるようになり、今後さらに拡充することを計画しています。
      2018年に、ゲノム医療支援室と遺伝カウンセリング室からなるゲノム医療推進部を開設しました。2019年6月にがん遺伝子パネル検査が保険収載された後、当院は同年10月にがんゲノム医療拠点病院に、2020年4月にはがんゲノム医療中核拠点病院に指定されました。2021年度に当院で行った遺伝子パネル検査は231件、エキスパートパネル検討件数は、連携病院分も合わせ 390件になっています。がんゲノム医療は、病院の腫瘍内科医、遺伝専門医、病理医、遺伝カウンセラー、がんゲノム医療コーディネーターのみならず、研究所のスタッフも加わって、静岡がんセンター一体となって推進しています。

(3)放射線・陽子線治療
 放射線治療、陽子線治療については、2002年開院時には放射線治療科、陽子線治療科の2診療科、リニアック2台、小線源治療装置1台の体制で始まり、2003年には陽子線治療を開始しました。陽子線治療は国内外から注目され、特に小児腫瘍の領域では、県外からも多くの患者さんを受け入れてきました。2005年には3台目のリニアックを設置し、定位照射や強度変調放射線治療(IMRT)を開始、さらに2015年には、放射線治療棟を増設し、4台目のリニアックを設置しました。また同年、2診療科を合わせ、放射線・陽子線治療センターとして一体化運用を開始しました。2020年には、リニアックを1台を、IMRTに特化し動体追尾機能を持った最新装置に更新しました。2020年1年間の放射線・陽子線治療実患者数は1999名で、全国で3位になっています。

(4)小児・AYA世代のがん診療
 当院の小児科は、がんセンターに小児科を併設してほしいという県民の切実な声を反映して開設され、小児固形悪性腫瘍を主な対象として、整形外科、脳神経外科、陽子線治療科などと連携して診療してきました。とりわけ開院後早期から小児陽子線治療に積極的に取り組み、この活動が後に小児陽子線治療が保険診療として承認されることにつながりました。2003年3月には小児がん家族宿泊施設「ひまわり」が開所し、また2004年4月にはチャイルドライフスペシャリストがアメリカから着任し、患者さんと家族を支えてきました。2015年6月には、我が国で初めて AYA世代病棟を新設するとともに、多職種からなるAYA世代支援チームを立ち上げ、AYA世代の診療、支援を行ってきました。

(5)緩和医療
 当院は、終末期に至るまで最善の医療を提供する立場から、開院以来一貫して緩和医療を重視してきました。緩和ケア病床は、がんセンターとしては我が国最大の50床を備え、うち25床を本棟4階4西病棟で、また25床を別棟で運用し、多職種でQuality of Deathを高める取り組みをしています。また一般病棟では、緩和医療科医師、腫瘍精神科医師、看護師、薬剤師、心理士などからなる緩和ケアチームが、主担当科、病棟看護師と共に苦痛の軽減に取り組んでいます。

(6)がん診療を支える医療
 支持療法は、がん治療に伴う副作用、合併症、後遺症を軽減し、患者さんの生活の質を向上させる上で極めて大切です。歯科口腔外科では、がん治療に先立つ口腔支持療法を積極的に展開し、地域のかかりつけ歯科と連携する体制も構築してきました。こうした活動の結果、2012年には周術期口腔機能管理が保険収載されるに至りました。皮膚科では、分子標的薬の皮膚障害に対する対応を、眼科では各種の抗がん薬による涙道、角膜、網膜、視神経障害について、腫瘍内科と密に連携して対応しています。2021年4月から開設した内分泌・代謝内科では、がんの薬物療法の副作用としての内分泌障害、代謝障害、膵全摘後の二次性糖尿病などに、専門的立場から対応しています。 支持療法センターは、集中的に支持療法を行う施設として、2016年に開設しました。
    支持療法センターでは、補液、輸血、制吐剤投与、G-CSF製剤投与、スキンケア、がん性創傷処置など、がん治療を支える幅広いケア、治療、また一部の検査を行っており、2022年末時点で16床のベッドを有し、1日平均74名の患者さんが利用しています。
    静岡県東部は、高齢化が進んだ地域です。また、開院から20年経過する中で、当院を受診する患者さんの高齢化は一層進みました。循環器内科、脳神経内科、内分泌・代謝内科、感染症内科、腎臓内科などの内科系総合診療部門が、もともと持っている併存疾患やがん治療に伴う副作用や合併症に対処し、また腫瘍精神科が心のケアを担い、がん診療を支えてきました。リハビリでは、治療開始前からスクリーニングを行い、治療前後の身体機能の強化や社会復帰を促進させる機能回復に取り組んできました。

(7)患者・家族を支えるケア
  当院が一貫して重視してきた多職種チーム医療において、看護師、コメディカルは、患者のケアを実践し、患者と医療を支える中心となる職種です。
 2012年4月には、当院で診療を受ける患者さんや家族を体系的・包括的に支援するため、看護師を中心とした患者家族支援センターを開設しました。病院の正面玄関を入ってすぐ右手と左手、すなわち病院の最も重要な位置に、よろず相談(相談支援センター)と患者家族支援センターを配置しました。患者家族支援センター内には、初診・入院支援室、外来患者支援室、在宅転院支援室、地域医療連携室、緩和ケアセンターを置き、入院から退院に至るまで、切れ目のない支援やケアを受けられる体制を整えてきました。 

(8)研究活動・人材育成
  当院は2013年に高度医療の提供、開発、研修を行う特定機能病院に指定されました。がんの高度医療の開発には質の高い臨床研究が不可欠で、その推進のため2015年4月に臨床研究支援センターを設置しました。過去3年に病院職員が筆頭著者となった英文論文数は、2019年度145本、2020年度157本、2021年度131本でした。
   2003年から専門的がん医療を習得するための医師のレジデント制度を開始し、2022年度までに586名の医師が当院で研鑽を積みました。また、医師以外の職種を対象とした多職種がんレジデント制度では、臨床検査技師、薬剤師など13職種、129名が研修を受けました。2009年には認定看護師教育課程を開講し、現在では皮膚・排泄ケア分野をはじめとする5分野を開いています。
    院内職員向けには、2013年から連携大学院制度を慶應義塾大学医学研究科と開始し、その後大阪大学医学研究科保健学専攻、慶應義塾大学健康マネジメント研究科、慈恵会医科大学医学研究科看護学専攻、日本大学医学研究科へと広げ、これまでに39名(医師32名、看護師5名、その他2名)の職員が入学しました。また2016年からは海外短期留学制度を開始し、これまでに9 名(医師8名、看護師1名)がアメリカ、イギリス、ドイツなどに留学しました。

 がん診療の未来に向けて
 病院は、患者さんの視点を重視し、患者さんと家族を支える姿勢を堅持しつつ、先端的がん診療技術の開発と導入に努め、理想のがん医療を追求する挑戦を今後も続けてまいります。

静岡がんセンター・ファルマバレープロジェクト 20年のあゆみ

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