研究所の活動

(P184-197)

総括                           

研究所長 秋山 靖人

 静岡がんセンター研究所のあゆみ
 静岡がんセンター研究所は、組織上は2002年静岡がんセンター病院とともに開設され、2005 年の研究棟建設とともに研究活動を開始しており、現在8部3室からなる職員45名体制で運営されています。研究所の使命は、病院併設型の研究機関として「がんを上手に治すための医療技術の開発」「患者・家族支援技術の開発」そして「ファルマバレープロジェクトの推進」という研究の三本柱に基づいて、病院における患者診療の研究的側面での支援を心掛けて研究活動を行っています。研究所全体の取り組みとして2014年より病院と協働し、日本人のためのがんゲノム医療の推進を目標に「プロジェクトHOPE(High-tech Omics-based Patient Evaluation、高度オミクス技術を用いた患者評価)」を開始し、がん患者さんを対象とした網羅的ながんゲノム解析研究を実施しています。これらの研究実績に基づき2020年よりがんゲノム医療中核拠点病院に指定を受け、2021年からは国家プロジェクト(AMED研究)である全ゲノム解析班研究に参加しています。また研究成果の発表以外にも日本人のがんゲノムデータベース(JCGA)を国内で初めて構築しており、オンラインで自由に解析結果を閲覧することができます。
 研究所各部門の活動として免疫治療研究部では、専門の細胞処理施設である「細胞療法センター」を活用することにより、開所時より難治がんの患者さんを対象とした腫瘍特異的な免疫抗原により処理を行った樹状細胞を用いた免疫細胞療法の臨床試験を実施しており、先進的ながん治療に貢献しています。またがん患者とその家族を徹底支援するため研究所に設置された患者・家族支援研究部と看護技術開発研究部の2部門が、静岡がんセンター独自の活動を行っています。患者・家族支援研究部では、1万2千人余りのがん体験者の生の声を集積してがん患者の悩みの全体像を明らかにした「悩みのデータベース」を構築し、様々な立場の多くの人々が活用できるように、インターネットで公開しています。また看護技術開発研究部では、がんの薬物療法を受ける患者さんが知っておくべき情報を的確に提供する「処方別がん薬物療法説明書」を作成しており、患者さんが、がん治療の内容や効果、副作用の対処と工夫等について理解を深め、より積極的に治療参加できるようにしています。これらの研究所全体の活動を通して様々な形(学会・論文・広報関係)で成果を公開しており、2022年までに研究所全体で163篇の研究論文を発表しております。
 次にファルマバレープロジェクトは、静岡がんセンターが拠点となり、静岡県主導の活動を推進し、多くの医療関係の製品を生み出してきました。現在では全国の地域研究クラスターの手本とされ、地方自治体による医療健康産業推進の成功例として評価されています。以上のように静岡がんセンター研究所では、患者さんの視点に立ったがん医療の実践を目指している病院を最大限サポートできるように三つの柱を礎に研究活動を実施してきました。

 現在の状況
 2014年に開始した網羅的ながんゲノム解析研究「プロジェクトHOPE」も2022年には9年目を迎えており、研究に登録した症例数も10,000例を超える大きな規模のものとなっています。 2021年からは国家プロジェクト(AMED研究)である全ゲノム解析研究班に参加をしており、国立がん研究センター・がん研有明病院とともに数百例のがん患者さんを対象に先進的ながん全ゲノム解析を実施しています。解析内容としては、既存のがんの遺伝子変異に加えて染色体の構造変化などの新しいがんドライバー変異の同定を行っています。加えて全ゲノム解析研究の目標課題である解析結果の患者還元についても、毎週病院で実施しているゲノム解析の研究者や臨床医が集うエキスパートパネルでのレポート作成や管理業務においてサポートを行っています。またHOPEプロジェクトの出口研究として免疫治療研究部において「がんドライバー変異由来のネオアンチゲンワクチンを用いた特異的免疫細胞療法の実施」を臨床研究課題として設定しており、2023年度の実施に向けて現在準備に取り組んでいます。
 その他の各部門のうち、まず患者・家族支援研究部では、がん患者の悩みのデータベースへのアクセスに、高齢者もスマートフォンや検索エンジンを使って情報検索をしていると考えられるため、モバイル端末でも見やすく利用者に優しい情報支援のための仕組みやツールの開発を継続しています。なお、同データベースで使用している〈静岡分類〉は、静岡がんセンターの患者家族支援部門であるよろず相談や患者家族支援センター等でも活用が可能となっています。
 次に看護技術開発研究部では、2017年より「処方別がん薬物療法説明書」の院内運用を始め、治療決定時に担当医より患者さんに手渡し、その後、適宜、多職種のスタッフがこれを用いて説明を行っており、2022年12月末時点で、約8,900冊の配布実績があります。全国のがん患者さん・家族および医療者においても当説明書の活用が可能と考え、2019年より静岡がんセンターのウェブサイトで公開しています。現在、消化器、呼吸器、皮膚科など約150種類を掲載しており、当院で実施しているがん薬物療法の上位100療法(内服のみの療法を除く)のうち、約40%をカバーしています。
 さらに静岡がんセンター研究所には、エフォートの10%をファルマバレープロジェクトの推進に役立たせるという方針があり、HOPE研究や創薬研究においてファルマバレーセンター(PVC)が進めている業務に貢献をしています。具体的には、SCC-SRL-JV(エスアールエル・静岡がんセンター共同検査機構株式会社)による新しい遺伝子パネルの開発研究やまた静岡県低分子化合物ライブラリーからシーズを見出し、薬剤の開発につなげていく創薬研究プロジェクトにおいて成果を上げつつあります。

 未来に向けて
 静岡がんセンター研究所は、がん専門病院として全国トップ3に挙げられる病院に少しでも追いつくべく今後研究の質を高めていく必要があると考えています。そのためには、よりグローバルな視点を養うという点を含めて3つのキーポイントが挙げられます。
①AMEDの国家プロジェクトを含むHOPE研究プロジェクトを継続し、ゲノム医
 療研究の文化を静岡がんセンターに根付かせること。
②HOPE研究プロジェクトから生まれたシーズを最大限活用することにより創薬
 や臨床試験などの発展型の出口研究に結び付けて行くこと。
③研究の質的レベルを上げることでトップジャーナルへの投稿論文を増やし、
 グローバルな視点からアピールすることを心掛けること。
 さらにこれらに加えて④HOPEその他の研究業務を通して静岡県のファルマバレープロジェクトの推進(医療田園都市構想)に貢献することも継続して行っていきます。
 そして常に「患者さんの視点からの研究活動」を心に銘じて三本の研究の柱を意識して今後の研究活動に精進して行きたいと考えます。

研究所全部門での合同カンファレンス(週1回開催)

プロジェクトHOPE会議(週1回開催)

 

 

 

 

 

 

 

研究部

 遺伝子診療研究部

研究部長 大島 啓一

 遺伝子診療研究部のあゆみ
 当研究部は、2003年4月発足以来、がんの早期発見を目指した腫瘍マーカーの開発を目的として活動しています。その遂行のため、質量分析や遺伝子発現解析、およびペプチド合成技術などを導入してきました。望月徹 初代研究部長は、前職(静岡県立大学薬学部・矢内原昇研究室)からペプチド・タンパク質化学の知識・技術を培い、山口建総長は、国立がんセンター時代に、がん細胞株を用いた分泌タンパク質のスクリーニング系を確立してきました。当研究部では、こうしたタンパク質に対する解析技術をもとに、分泌タンパク質を網羅的に分析(プロテオーム解析)する一方、新たに網羅的遺伝子発現解析(トランスクリプトーム解析)を加えたマルチオミックス解析を基盤技術として、メッセンジャー RNA(mRNA)の発現データをもとに、標的タンパク質を絞り込むアプローチを並行して行い、腫瘍マーカー候補分子を同定してきました。同時に、自前で化学合成したペプチドを免疫原として、高い感度と特異性を持った抗血清や抗体を作製し、候補タンパク質に対する測定系を確立してきました。2014年1月、静岡がんセンターでは、がん種横断的なマルチオミックス研究である「プロジェクト HOPE」が始まりました。当研究部はトランスクリプトーム解析およびプロテオーム解析を担当し、別途提供されるゲノム解析データとの統合解析により、がん化の解明、ならびに腫瘍マーカーやバイオマーカーの探索を行っています。2019年4月より、大島啓一が2代目研究部長に就任し、新たにメチローム解析(網羅的DNAメチル化解析)を加え、「プロジェクト HOPE」を加速させるべく、マルチオミックス研究に従事しています。

 現在の状況
 当研究部には7名が所属しています。「プロジェクト HOPE」開始以来、およそ1万人の患者さんの腫瘍および非腫瘍部組織からRNAを調製し、マイクロアレイによるトランスクリプトーム解析を行い、全遺伝子に対する発現データを算出しています。がんに特異的な遺伝子発現を探るとともに、その原因となるゲノムやエピゲノム上の変化を探っています。また、抗原ペプチドやネオアンチゲンペプチドを合成し、新しい腫瘍マーカーの探索や新しい免疫療法の開発につなげています。

 未来に向けて
 当研究部は、「プロジェクト HOPE」のマルチオミックスデータを駆使し、がんの早期発見につながる腫瘍マーカーおよび治療戦略に有効なバイオマーカーの開発に注力していきます。遺伝子の転写産物であるmRNA、ならびにその翻訳により生ずるタンパク質の発現や構造異常、さらにその原因となるゲノムやエピゲノムの変化も対象に、低侵襲なマーカー測定系を開発することが当研究部の使命です。

 

 免疫治療研究部

研究所長・免疫治療研究部長 秋山 靖人

 免疫治療研究部のあゆみ
 免疫治療研究部では、2005年の研究所開設時より専門の細胞処理施設である「細胞療法センター」を利用して、がん免疫抗原にて処理をした樹状細胞ワクチンを用いた腫瘍特異的な免疫細胞療法の開発研究を行ってきました。がん培養細胞や腫瘍組織を利用して遺伝子・タンパク解析や免疫学的実験手法を用いたがん抗原の同定やin silicoでのHLA分子との結合を介した免疫エピトープ活性の探索などを基礎研究として実施し、臨床試験に利用可能な免疫ペプチドを同定しています。これらの成果に基づいて転移性メラノーマや悪性グリオーマの患者さんを対象とした樹状細胞ワクチンを用いた臨床試験(第1/II相試験)を実施し、2019年に終了しています。共に論文で成果を公表し、樹状細胞ワクチンを用いて治療した群において延命効果を認めています。また2014年から開始されたHOPE研究プロジェクトに関しても、遺伝子変異や遺伝子変異総量(TMB)の解析データに基づいた免疫学的なバイオマーカーの探索や予後因子の解析等を実施しています。開設以来2022年までに共同研究も合わせて63編の英語論文を出版し、免疫治療の開発およびHOPE研究の成果をアピールしました。これ以外にも静岡環境衛生研究所との共同研究で静岡低分子化合物ライブラリーからPD-1/PD-L1結合阻害活性を持ち、動物実験での強い抗腫瘍活性を示す化合物の同定に成功しており、今後の研究の発展が期待されています。

 現在の状況
 免疫治療研究部では、HOPE研究で得られたがん患者5,000症例の遺伝子変異データよりドライバー変異(がんの増殖・転移等に関係する変異)を抽出し、個別のHLA型に合ったいわゆるネオアンチゲン配列の同定を行っています。ネオアンチゲンは、がんに特異的に発現する免疫抗原であり、正常組織には発現しません。これまでに数万の候補配列から27個のネオアンチゲン配列を同定しています(下図参照)。これらの変異配列ペプチドを用いた出口研究として「がんドライバー変異由来のネオアンチゲンワクチンを用いた特異的免疫細胞療法の実施」を臨床研究課題として設定しており、2023年度の実施に向けて現在準備に取り組んでいます。

 未来に向けて
 現在進行中のHOPE研究プロジェクトの解析結果を将来の免疫療法の開発や静岡発の創薬研究につなげていくことが当部の使命です。病院で免疫チェックポイント抗体治療を実施している診療科との連携で、新しいバイオマーカーの探索や免疫療法の開発に貢献するとともに、HOPE 研究の成果をシーズとした免疫創薬の実用化に向けて、日々の研究活動を実践していきたいと考えています。

 

 陽子線治療研究部

研究部長 村山 重行

 陽子線治療研究部のあゆみ
 2003年に静岡がんセンター病院内に設置された陽子線治療装置の安全運用の責務を担うとともに、新しい陽子線照射技術や治療計画法の開発を目標に研究を行ってきました。2006年1月には三菱電機株式会社と次世代陽子線治療によるがん治療技術の研究開発についての包括的共同研究契約を締結し、陽子線治療の技術的発展と一層の普及に貢献することができました。
 2006年1月に先進医療承認を受けてからは適応病態を広げ、併用治療にも対応できるようになりました。そして病院の陽子線治療科とともに取り組んだ、小児の脳腫瘍(髄芽腫)治療における『陽子線全脳全脊髄照射』の研究と実績は、小児固形がんの保険収載(2016年)として結実しました。

 現在の状況
(1)「ビームスキャニング照射法」の研究
 陽子線治療の効果をさらに高めるために、より高度な照射装置や照射法の開発研究が進められています。頭頸部がん、肺がん、肝臓がん、前立腺がんの4部位の陽子線治療を対象として、従来の照射法で治療計画した線量分布と、スキャニング照射法で計算した線量分布との比較研究を行った結果、スキャニング照射法では正常な重要臓器への線量を減らすように最適化することができ、同時に周囲重要臓器への線量を大きく減らせることを示しました。「単門集光スキャニングの研究」では、患部に陽子線を集光させる新たな固定ポート型の照射装置を提案し、頭頸部がんを対象として垂直および水平の二つの固定ポートから、照射角度±22.5°の範囲で選択可能な陽子線スキャニング照射を実現する装置を設計しました。

(2)「陽子線治療装置の品質保証」の研究
 様々な治療条件において安全に高精度な陽子線治療が実施できるよう陽子線治療装置の品質管理方法についての研究を行いました。この成果は、病院の『陽子線治療装置品質管理マニュアル』の改訂、米国腫瘍放射線治療グループ(RTOG)加盟認可のための資料作成、肝細胞癌陽子線治療(先進医療B)に関する臨床研究(JCOG 1315C)の物理的品質管理方法、国内粒子線治療施設による『粒子線治療装置の物理・技術的QAシステムガイドライン』、米国医学物理学会タスクグループによる『陽子線治療装置品質管理レポート224』(2019年)の策定などに大きく貢献しました。

(3)「陽子線全脳全脊髄照射の線量分布検証」の研究
 陽子線照射により生じる放射化分布を線量分布に変換するオンラインPETシステムを使用して、陽子線の到達飛程や線量分布が陽子線治療計画の計算結果と同じであるかどうか、さらにはパルスビームによるリアルタイム測定が可能かどうかを検証しました。小児の全脳全脊髄照射においてつなぎ照射(パッチ照射)におけるビーム方向を含む線量分布評価が可能となり、三次元的に治療計画の計算線量分布が検証できることが示されました。

 未来に向けて
 今後とも当院の陽子線治療施設将来計画に資する研究を行うとともに、日本・世界の陽子線治療がさらに発展普及することに貢献していきたいと思います。

 

  診断技術開発研究部

副所長・診断技術開発研究部長 浦上 研一

 診断技術開発研究部のあゆみ
 新しい技術は、新しい発見を可能にすることがあります。診断技術開発研究部は、当初から革新的な診断技術の開発を目標としてきました。2010年代になって、来るべきがんゲノム医学を予見して、急速に進歩しつつあるヒトのゲノム配列を解析する技術の調査を始めました。2012 年に次世代DNAシーケンサー装置「MiSeqシステム」、2013年に「Ion Protonシステム」を導入し、ゲノム解析技術の確立を進めました。また、㈱エスアールエルと共同研究を締結し、本格的に近未来のゲノム検査の開発を推進しました。
 2013年に「経産省、及びAMEDの課題解決型医療機器等開発事業」に採択され、ゲノム診断支援装置の研究開発を進めながら、2年の準備期間を経て、2014年に我が国最初の大規模がんゲノム解析である、臨床研究「プロジェク卜HOPE」の立ち上げを行いました。欧米では、先進的な研究が進む一方、日本における大規模な研究は存在しませんでした。2019年になり、日本においてもがんゲノム医療が社会実装され、数百遺伝子を対象としたパネル検査がようやく始まりました。
 当部は、HOPE研究では中心的技術である全エクソン解析をはじめ、パネル解析(409がん関連遺伝子パネル、491融合遺伝子パネル、薬物代謝酵素パネル)などを担いました。これらの技術は、静岡がんセンターで手術を受ける多くの患者さん(年間約1,000症例)のゲノム解析に用いられ、その解析結果は、臨床現場や研究に還元され、多くの研究成果の論文化に貢献しました。2020年には、約5,000症例のまとめとして、全エクソン解析で約7割の症例でがん化の原因遺伝子の変化を検出したことを「Cancer Science誌」に報告しました。

 現在の状況
 毎年約1,000症例の登録がなされ、開始から9年目の現在、1万症例を超える症例が登録され、日本最大のがん全エクソン解析データベースが構築されています。さらに、2020年からゲノムの解析範囲を拡大し、一部の症例でゲノムすべての配列を対象とした「全ゲノム解析」を実施しています。2021年に最新の次世代DNAシーケンサー「NovaSeq6000」、前処理ロボット「Bravo」、解析サーバー「DRAGEN」を導入し、解析の効率化を進めてきました。
 これまでの全エキソン解析では、約7割の症例でがん化の原因となる遺伝子変化を検出しましたが、残りの3割について、全ゲノム解析を実施し、新しい遺伝子の変化を探索しているところです。
 これまでのHOPE研究の実績が評価され、2021年にAMED研究の「革新的がん医療実用化研究事業」に採択され、「がん全ゲノム解析等における患者還元に関する研究」を進めています。

 未来に向けて
 開始当初に「近未来のがんゲノム医療のシミュレーション」を掲げたHOPE研究も、がんゲノム医療の保険適応が進み、現実のものとなりました。さらに、解析コストの低下、解析速度の向上は著しく、ゲノム解析の汎用化が進みました。しかしながら、がんの本態については、未だに不明な部分が残されており、新しい解析技術の導入、臨床情報の統合、AIを利用したマルチオミクスデータの解析等に取り組む必要があります。
 また、患者さんへの解析結果の還元も重要な課題であり、返却時間の短縮、報告システムの最適化などを追求することにより、がんゲノム解析の新たな有用性を深掘りできると考えます。

 

  地域資源研究部

副所長 浦上 研一

 地域資源研究部のあゆみ
 地域資源研究部は、2008年に香りをキーワードに「病気」「環境」「地域」の三つの切り口を研究対象として設立されました。
「病気」は病臭、診断、治療法、「環境」は空間・消臭、食事、味覚・嗅覚、「地域」は植物、海産物、動物を研究対象とし、がんの研究所としては、類例のない独自の切り口で取り組むことを特徴としました。中でも病臭は、がん患者さん特有の臭いについて科学的観点から、原因解明、消臭対策を行い、内外の注目を集めました。最先端のメタボロミクスの機器(キャピラリー電気泳動装置−飛行時間型質量分析装置〈CE-TOF-MS〉、におい識別装置、ガスクロマトグラフィー質量分析装置など)を用い、がんの種類に特徴的な臭気成分を特定し、消臭のための医療器具の開発を進めました。香りの研究においては、高砂香料㈱、㈱トライカンパニー、東海電子 ㈱など多くの企業と共同研究を実施し、ハンドクリーム、デオドラントシート、病臭センサーなど、医療施設でしか生み出すことのできない、特徴のある製品開発に取り組みました。
 そのほかにも脱臭機、がん患者さんの味覚調査、地域固有の植物の香りを利用した清拭、患者さん専用の椅子など、医療の現場で困っていることに関して積極的に解決策を提案してきました。
 一方で、基礎研究においても、最先端のメタボロミクス技術を駆使した基礎研究を進め、胃がんの分化・未分化型のプロファイリング、子宮がんの尿マーカー、肺炎の呼気マーカー、麻酔のプロファイリングなど、がんの代謝物に関する先進的な知見を明らかにしてきました。
 2012年には、森林浴の香りの成分の一つであるα-ピネンが、マウスに移植したがん細胞の増殖を抑制する効果を実証しました。

 現在の状況
 地域資源研究部の活動は、2022年の研究所組織の改編に伴い、診断技術開発研究部に統合されましたが、研究テーマの一部(香り成分のがんへの作用)については継続中です。

 

  ゲノム解析研究部

研究部長 畠山 慶一

 ゲノム解析研究部のあゆみ
 ゲノム解析研究部は、2022年4月に地域資源研究部を改め、新たな研究部として発足した部です。それまで地域資源研究部では、地域資源等を活用し、がんの予防・治療に有効な新医薬品等の候補物質を生み出すための創生的研究に携わってきました。その成果の一つに「PROʼS CHOICEハンドクリーム」の開発があり、サンスター㈱から全国で販売されています。「香り」にも着目し、東海電子㈱と小型病臭測定器を開発し、患者さんを含めた病院内の環境改善に取り組んできました。また、がん細胞の代謝物の解析(メタボロミクス)も行ってきました。新設されたゲノム解析研究部は、メタボロミクスだけでなくゲノムや遺伝子、タンパク質すべてを対象としたマルチオミクス(ビックデータ)を利用して、がん種横断的な解析によって見えてくる “がんの新たな側面”を明らかにすることを目的としています。そして臨床情報も含めたビックデータ解析によって、がん診断の正確性を高め、個別化医療や未病医学の実現を目指していきます。

 現在の状況
 発足したばかりのゲノム解析研究部では、研究所各部と協力して研究を推進しています。主に「プロジェクト HOPE」と呼ばれる病院・研究所が一体となって取り組んでいる研究から得られる日本最大規模のがんゲノム情報を用いて、がんのゲノム変化の可視化を試みています。その一つの成果として、がん遺伝子パネル検査の変異検出精度を向上させる技術をSRL・静岡がんセンター共同検査機構㈱と共に開発し、学術誌に採択されました(Hatakeyama, K. et al. Sci. Rep. 2022)。ゲノム情報を含むマルチオミクスデータは高度に複雑であり、専門家以外は理解するのが困難です。そこでゲノム情報を、患者さんをはじめ医師、看護師、薬剤師等のゲノム情報を受け取る可能性のあるゲノム解析の非専門家にもわかりやすい情報として可視化することも目指しています。その一環として、臨床医とのゲノム情報を用いた共同研究も推進しています。

 未来に向けて
 静岡がんセンター研究所の使命の一つとして、「がんを上手に治すための医療技術の開発」があります。ゲノム解析研究部としては、マルチオミクス解析から個別化医療の実現を目指し、がんを上手に治していきたいと考えています。これを実践するには、①どのようにビックデータを人間が理解できる形に可視化するのか、②ノイズが少ない精度の高いデータをどのように抽出するのか、③複雑な情報を患者さんや医療従事者にいかに分かりやすく提供するのか、の3点にかかっていると思います。その中で、世の中は全ゲノム解析といったさらに複雑な情報を基に、がんの本質に迫ろうとしています。そのため当部に求められることがさらに増えてくることは想像に難くありませんが、病院・研究所で手を取り合って、がんを上手に治すための技術を提供し、明日のがん研究を切り開いてまいります。

 

 新規薬剤開発・評価研究部

研究部長 大島 啓一

 新規薬剤開発・評価研究部のあゆみ
 当研究部は2007年より初代研究部長 洪泰浩(現 和歌山県立医科大学 病院教授)の下、肺がんを研究対象に位置づけ、分子標的治療薬の作用機序や治療抵抗性の機序の解明を中心とした研究活動を開始しました。さらに、呼吸器内科、呼吸器外科と共に肺がんの個別化医療の実現のため、我が国における先駆けとしてゲノム解析研究を開始しました。2014年からは2代目研究部長楠原正俊の下、同時期に開始したゲノム解析研究「プロジェクト HOPE」において検出された遺伝子変化の機能的評価を中心に据えた研究体制に移行するとともに、頭頸部外科との共同研究も新たに開始しました。そして2019年からは現研究部長 大島啓一の下、継続して研究活動を実施するとともに研究所の中でも特に「がんゲノム医療」の実践を担う部門としての機能を強化し、病院のゲノム医療推進部と密接に連携することで静岡県における「がんゲノム医療」の担い手として活動しています。

 現在の状況
 当研究部は5名の職員で構成されており、静岡県内で保険診療として実施される全ての「がん遺伝子パネル検査」および、日本医療研究開発機構(AMED)の研究課題として当施設で実施される「全ゲノム解析」に関して、解析結果の評価、その評価結果に基づき治療方針について討議するエキスパートパネルの資料の作成、そして患者へ解析結果を説明するための報告書の作成を全面的に担当しています。また、「プロジェクト HOPE」で明らかになった約5,000症例の日本人がん患者のゲノム情報が掲載されているWEBデータベースJCGA(Japanese version of the Cancer Genome Atlas, https://www.jcga-scc.jp/ja)を構築し、その管理や情報の更新を行っています。JCGAは日本語表記とすることで、研究者や医療関係者はもとより、「がん遺伝子パネル検査」を受けた患者やその家族も検査結果の理解を深める上で活用できるよう構築されています。

 未来に向けて
 現在、「がん遺伝子パネル検査」で検出される遺伝子変化の約7割は機能未知の遺伝子変化であり、またがんとの関連がある約3割の遺伝子変化の中でも、治療や臨床試験の登録につながるのはその中のごく一部です。がんゲノム解析を行い、遺伝子変化の情報を積み重ねることで仮説を導き出すことはできても、臨床に展開するためには実験や臨床研究による実証が必要不可欠です。当研究部は「がん遺伝子パネル検査」や「全ゲノム解析」で検出された個々の遺伝子変化について、機能的意義や薬剤感受性に与える影響を実験的に評価することで機能未知の遺伝子変化を減らし、治療や臨床試験の登録にいたる患者数を増やしていきたいと考えています。このように「がんゲノム医療」の実効性を高めることが、「がんゲノム医療」の担い手である当研究部の責務です。

 

 患者・家族支援研究部

参与 石川 睦弓

 患者・家族支援研究部のあゆみ
 がん患者やその家族の悩みや負担等を軽減する患者家族支援を科学的に進めていくために、① がん患者の悩みや負担の分類法の確立、②分類法に基づくがん患者の悩みデータベースの構築と公開、③当事者である患者(家族)の視点による患者家族支援の展開を目指し、研究を進めてきました。
 具体的には、患者さんの視点で悩みの全体像を明らかにするために、2003年と2013年の2回全国横断調査を行い、延べ1万2千人余りのがん患者の悩みや負担を自由記述による生の声で収集しました。この悩みの声を悩みごとに切り分け、5段階の〈静岡分類〉で整理してがん患者の悩みデータベースを構築しています。その後インターネットで公開し、誰でも利用・活用できる環境を整備しました。このデータベースは、がん患者の視点で整理された大規模ながん患者の悩みのデータベースとして稀有の存在です。この悩みデータベースを中心としたwebコンテンツ『がん体験者の悩みQ&A』は、現在月平均40万前後のPV数があり、多様ながん患者の悩みの理解、支援等のために医療者、研究者、患者サロン関係者、学生、患者やその家族等に活用されています。
 また、一つ一つの患者さんの悩みに対して、理解や行動をサポートする「助言」を作成する作業を現在も継続して行っています。

 現在の状況
 現在の利用者の特徴として、これまで以上に検索エンジンを用いて訪れており、年代別でがん罹患が多い高齢者もスマートフォンや検索エンジンを活用して情報検索していると考えられます。そこで、モバイル端末でも見やすい、探しやすい、使いやすい、利用者に優しい情報支援のための仕組みやツールの開発を継続して行っています。なお、がん患者の視点で構築された悩みデータベースで使用している〈静岡分類〉は、静岡がんセンターの患者家族支援の部門であるよろず相談や患者家族支援センター等でも活用され、共通した分類法での比較検討も可能になっています。

 未来に向けて
 生の声を支援に活かすため、『がん体験者の悩みQ&A』には、5段階評価とともに意見や感想を求める自由記述欄を設けています。自由記述には、意見や感想だけではなく、患者や家族が抱えている悩みや負担の記述も多く見られます。それを読み解くと、社会生活や日常生活にがん医療に伴う悩みや苦痛が混ざり合い、悩みをより複雑にまた大きくしているようです。地域の中で、がん患者や家族が安心して暮らしていくための支援は今後の検討課題の一つです。

 

 看護技術開発研究部

研究部長 北村 有子

 看護技術開発研究部のあゆみ
 がん薬物療法は、新薬の登場や術前・術後の適応拡大などによって、大きく様変わりしました。通院治療が一般化し、患者さんは副作用の多くを自宅で経験します。そのため、副作用の予防や対処、病院に連絡する目安などの情報支援が重要と考えました。副作用別、薬物別の情報はありますが、多剤併用療法の一揃えの情報資材は乏しく、患者さんが自ら必要な情報を集めることは容易ではありません。
 そこで看護技術開発研究部では2012年より、医療者(医師・看護師・薬剤師ら)が用いる各種説明書などを基に、がん薬物療法を受ける患者さん・家族に情報提供する検討を始めました。そして、ぜひ知っておいてほしい内容や医療者が説明する内容を「がんの種類と使用する薬の組み合わせ別」に1冊にまとめた「処方別がん薬物療法説明書」を作成しました。治療の目的・効果・スケジュール、治療前・中の注意事項、副作用の出現時期、副作用症状と対処法(病院に報告する目安、予防を含めた具体的対処法、日常生活の工夫)などを記載しており、1冊で全貌を把握できることを目指しています。

 現在の状況
 2017年より「処方別がん薬物療法説明書」の院内運用を始め、治療決定時に担当医より患者さんに手渡し、その後、適宜、多職種がこれを用いて説明を行っています。2022年12月末時点で、約8,900冊の配布実績があり、利用した患者さんからは「食欲不振の内容が参考になった」「情報量が多くすべてに目を通すのが大変」といった評価を得ています。
 全国のがん患者さん・家族ならびに医療者においても当説明書の活用が可能と考え、2019年2 月より静岡がんセンターのウェブサイトで公開しています。説明書は PDFとして閲覧・ダウンロードが可能です(図1)。現在、消化器、呼吸器、皮膚科など約150種類を掲載しており、当院で実施しているがん薬物療法の上位100療法(内服のみの療法を除く)のうち、約40%をカバーしています。ぜひご活用いただければ幸いです。                

図1 処方別がん    薬物療法説明書

 未来に向けて
 患者中心のケアを推進するには、患者さんの積極的な治療参加が重要です。
 患者さんに必要な情報や技術を、適切な時期に、分かりやすい形に整えて提供する必要があると考えています。患者さんの意見も取り入れながら、がん治療・療養に関する情報や技術の提供について多角的に検討し、取り組んでいきます。

 

 実験動物管理室

室長 丸山   宏二

 実験動物管理室のあゆみ
 実験動物管理室は、実験動物の飼育管理と研究所所属研究員の動物実験の実施・補助を基本業務として研究所創立時に活動を開始しました。当動物実験施設においては、新規抗がん剤または新規治療法の効果を評価するための抗腫瘍試験やがんの生物学的研究を中心に動物実験が行われています。当初、飼育動物の半数以上は免疫不全マウスで、主にヒト腫瘍を移植する実験が行われていました。2013年には、他大学との共同研究により、脳腫瘍を自然発症する遺伝子改変がんモデルマウスの研究が開始されました。また、「プロジェクトHOPE」で発見されたがん抑制遺伝子の新規変異をもつマウスを作出、がん発症のメカニズムを解明する研究が進められており、これまでにない知見が集積し始めています。当動物実験施設で行われた研究成果は、Journal of Innate Immunity等、海外の一流雑誌に掲載され、4件の特許を取得しています。当管理室所属職員は、「がん患者さんのために」を合言葉に常に前向きな活動を志しています。

 現在の状況
 当研究所の動物実験施設は、飼育室5部屋、処置(実験)室1部屋、器材保管室1部屋からなる比較的規模の小さい施設ですが、清浄度クラス1万、遺伝子組み換え実験レベルP2Aに対応し、最大でマウス3,000頭、ラット60頭を飼育することができます。実験動物管理室には、研究員3名と飼育管理担当員3名が所属しています。研究員はin vitroとin vivo両方の実験に精通し、飼育管理担当員は繁殖の難しい遺伝子改変マウスの系統維持をこなすプロフェッショナルが揃っています。2016年に当施設は「公私立大学実験動物施設協議会」に加盟、同協議会による外部検証により施設としての適性評価を受けています。

 未来に向けて
 近年、動物愛護の観点から使用される動物数は極力抑えることが求められています。また、安全・有効な薬剤の効率的な許認可を国際的に促進するICH(医薬品規制調和国際会議)により、自国以外の前臨床試験成績を共有する体制整備が進められ、現在、国内にある多くの外資系製薬企業が研究所/動物実験施設を閉鎖したといわれています。このような時代的趨勢にあり、我が国における実験動物の生産数/使用数は一昔前と比べて減少しており、実験動物の学会・業界としてより良い将来の方向性を真剣に模索しなくてはならない時期に来ています。その一方で、新薬あるいは新規治療法開発のために、実験動物を用いた毒性試験や効果評価試験は必須のステップであり、動物実験の重要性はいささかも変わっておりません。当実験動物管理室は、「プロジェクト HOPE」およびSCC独自の研究成果に基づいた研究を支援するため、質の高い動物実験を実施し、「患者さんへの還元」の実践を目指してまいります。

 

 情報管理室 医学図書館

司書 山﨑 むつみ

 情報管理室 医学図書館のあゆみ
 患者図書館と同様に医療者職員向け図書室も必要であるとして、2002年4月から医学図書室の整備が始まりました。開院時の医学図書室は外来棟3階の医局(当時)に隣接する部屋でした。2005年11月に研究所内に移転し名称も医学図書館と改めました。
 医学図書館は職員・医療者・研究者に対して「いつでも・どこでも・素早く」学術情報を提供することを念頭に整備してきました。特に開院当時としてはとても恵まれたインターネット環境があったことから、資料は可能な限り電子版で購入しました。展示すればよいだけの冊子体と異なり、電子版資料にはナビゲートする環境も必要です。そこで、2005年4月には契約電子コンテンツのリンク集として「医学図書館ホームページ」を立ち上げ、同年11月にはWebOPAC(目録)を備えた図書館システムを導入しました。また、2009年4月からはリンクリゾルバSFX®を導入し、文献単位のアクセスが容易になりました。さらに、2019年2月にはクラウド型リモートアクセスシステムRemoteXs®を日本の病院では初めて導入しました。これによりセンター外であっても「いつでも、どこからでも」電子版資料を使える環境が提供できるようになりました。
 研究所内の図書館は24時間年中無休で安心して入館利用できるように入り口から館内を見渡せるレイアウト設定などを行いました。現在、年間延べ2万人以上の方が入館利用しています。 24時間開館を支える管理体制の一つとして隔週の蔵書点検を継続して実施しています。また、2016年11月からは「静岡県医療健康産業研究開発センター」内に医学図書館分館を設置し認定看護師教育課程学生への利用に供しています。
 医学図書館は医療法で規定される病院の施設です。このため、2003年、2008年、2013年、2018年の病院機能評価受審時には資料提出と訪問審査を受けました。

 現在の状況
 現在、医学図書館は入館利用する図書館と電子図書館の二つの機能を提供しています。近年は、投稿先雑誌や文献検索支援などの相談も寄せられるようになり図書館としての支援の内容は広がっています。  

 未来に向けて
 激変する情報環境の中で、環境整備の次は積極的な提供支援を検討しています。それは高度で信頼できる医療の実施につながると考えています。

静岡がんセンター・ファルマバレープロジェクト 20年のあゆみ

静岡がんセンター・ファルマバレープロジェクト 20年のあゆみ