次世代の脳腫瘍外科医を育てる
高度な脳腫瘍診療を将来にわたって継続していくためには、目の前の患者さんに最善の治療を提供すると同時に、次の世代を担う脳神経外科医を育成していくことが重要です。
脳腫瘍手術では、顕微鏡下の手術技術だけではなく、術前画像を読み解く力、機能解剖を理解する力、患者さんごとに手術戦略を立案する力、さらに術中に得られるさまざまな情報を統合して適切に判断する能力が求められます。
当科では、三矢部長、本村診療部長を中心に、診療科全体で知識・技術・判断の過程を共有し、若手医師が段階的に成長できる教育体制づくりに取り組んでいます。
若手医師が単に多くの手術を経験するだけではなく、自ら考え、安全に判断し、将来的には次の世代を指導できる脳腫瘍外科医へ成長することを目標としています。
1.豊富な臨床経験を診療科全体の力へ
当科では、これまで蓄積してきた豊富な脳腫瘍手術の経験を、一人の術者の中だけにとどめるのではなく、診療科全体で共有し、次世代へ継承することを重視しています。
本村和也診療部長は、これまでに3,000例を超える脳腫瘍手術を経験し、1,200例以上で執刀または指導的助手を務めてきました。グリオーマを中心として、覚醒下手術、脳機能マッピング、画像誘導手術、術中電気生理学的モニタリングを用いた機能温存手術に長年携わってきました。
こうした経験を基盤として、当科では手術手技だけでなく、手術戦略や術中判断の根拠そのものを診療科内で共有することを大切にしています。
「なぜこのアプローチを選択するのか」「どこまで摘出するのか」「どの時点で摘出を止めるのか」といった熟練術者の思考過程を言語化し、カンファレンスや手術指導を通じて共有することで、個人の経験を診療科全体の知識へ発展させることを目指しています。
2.術前カンファレンスから始まる手術教育
脳腫瘍手術の教育は、手術室に入ってから始まるものではありません。
当科では、術前の症例検討を手術教育の重要な機会と位置づけています。
若手医師自身が術前MRIや各種画像を評価し、
- どこから腫瘍へ到達するのか
- どの脳回・脳溝を利用するのか
- どの血管や神経線維を温存する必要があるのか
- どの機能を手術中に確認する必要があるのか
- どこまで安全に摘出できる可能性があるのか
を考え、自ら手術戦略を提示します。
そのうえで、三矢部長、本村診療部長をはじめ複数の医師が意見を出し合い、より安全で合理的な手術計画へと発展させます。
指導医が一方的に答えを示すのではなく、若手医師が自ら考え、チームとして議論する過程を重視することで、術者としての判断力と、他者の意見を取り入れて治療方針をまとめる力の両方を育てます。
3.若手に手術を任せ、安全性をチームで支える
手術教育では、症例の難易度と若手医師の習熟度に応じて、段階的に執刀範囲を広げていきます。
開頭、顕微鏡操作、腫瘍摘出、止血、閉頭などの基本操作から開始し、経験を重ねながら、より複雑な症例についても術前計画から術中判断まで主体的に担当できるよう指導します。
重要なのは、指導医がすべての手術を行うことではありません。
若手医師に適切な症例と役割を与え、自ら考えて執刀する機会を確保するとともに、必要な場面では経験豊富な指導医が助手として支えることを重視しています。
特に本村診療部長は、豊富な脳腫瘍手術経験を生かし、症例の難易度や若手医師の成長段階を見極めながら、執刀範囲や役割を調整し、安全性を担保しつつ自立した術者へ成長できるよう指導しています。
一人の指導医が手術を抱え込むのではなく、診療科全体として次の術者を育成することを当科の重要な方針としています。
4.手術手技だけでなく「判断できる術者」を育てる
グリオーマ手術では、腫瘍を最大限摘出することと、患者さんの神経機能を守ることの両方を考える必要があります。
そのためには、顕微鏡操作が上手であるだけでは十分ではありません。
術中に得られる脳機能マッピング、神経線維、血管、腫瘍の性状など多くの情報を統合し、
「どこまで摘出を進めるのか」
「どこで摘出を止めるのか」
を判断する必要があります。
当科では、この判断力を脳腫瘍外科教育の中核と位置づけています。
最大限の腫瘍摘出と神経・高次脳機能温存とのonco-functional balanceを理解し、それぞれの患者さんに適したmaximum safe resectionを自ら考えることのできる術者を育成します。
5.覚醒下手術をチームとして学ぶ
覚醒下手術は、脳神経外科医一人で行う手術ではありません。
症例選択、麻酔管理、術中課題、脳機能評価、cortical mapping、subcortical mapping、腫瘍摘出、術後評価まで、多くの職種がそれぞれの専門性を生かして初めて安全に実施することができます。
当科では、若手医師が、
術前の症例選択
→ 術中課題の設計
→ cortical mapping
→ subcortical mapping
→ 摘出範囲の判断
→ 術後機能評価
という一連の過程に継続的に参加できるようにしています。
本村診療部長は、これまでの豊富な覚醒下手術経験をもとに、症例選択、機能マッピングの解釈、摘出範囲の判断などを若手医師と共有し、経験を診療科全体へ還元することを重視しています。
覚醒下手術を単なる特殊な手術技術としてではなく、脳神経外科医、麻酔科医、看護師、リハビリテーションスタッフ、神経心理評価担当者などが協働するチーム医療のモデルとして学ぶことも大切にしています。
6.多職種をつなぎ、高度脳腫瘍診療をチームとして行う
高度な脳腫瘍診療は、脳神経外科だけで完結するものではありません。
手術では麻酔科、手術室看護師、リハビリテーションスタッフ、神経心理評価担当者などとの連携が不可欠であり、脳腫瘍治療全体では、放射線治療科、腫瘍内科、病理診断科、画像診断科などとも密接に連携する必要があります。
当科では、三矢部長のもと、各診療部門と連携しながら、それぞれの専門職が持つ情報を共有し、患者さんにとって最善の治療方針をチームとして決定することを大切にしています。
本村診療部長は、特に手術・脳機能評価・覚醒下手術を軸とした多職種連携において、各スタッフとの情報共有や治療方針の調整に携わり、若手医師にもチーム医療の考え方を伝えています。
将来的に優れた脳腫瘍診療を行うためには、優れた術者であるだけでなく、多職種をつなぎ、それぞれの専門性を尊重しながら、チーム全体の力を患者さんの治療へ結集できることが重要です。
8.若手が国内外へ発信できる環境をつくる
優れた臨床経験を自施設内だけにとどめず、国内外へ発信することも重要です。
当科では、若手医師が学会発表や論文作成に主体的に取り組み、自分たちの診療を客観的に評価する機会を持つことを重視しています。
症例をまとめて検証することで、治療の優れた点だけでなく、改善すべき点も明らかになります。
その過程は研究活動であると同時に、診療の質を継続的に改善するための重要な仕組みでもあります。
将来的には、若手医師自身が研究課題を立案し、国内外の共同研究に参加し、新しい脳腫瘍手術や脳機能研究を世界へ発信できるようになることを目指しています。
9.「次の指導者」を育てる
当科の教育目標は、若手医師が現在の指導医と同じ手術をできるようになることだけではありません。
安全に手術ができる。
難しい症例について自ら戦略を考えられる。
患者さんの機能と生活を考えた判断ができる。
多職種チームをまとめられる。
臨床上の疑問を研究へ発展させられる。
その成果を国内外へ発信できる。
そして、さらに次の世代を育成できる。
このような脳腫瘍外科医を育てることが、私たちの目標です。
一人の優れた術者を育てるだけではなく、若手医師が継続的に成長し、次の若手をさらに育てていくことのできる教育システムを構築すること。
そして、個人の能力だけに依存するのではなく、診療、教育、研究をチームとして継続的に発展させていくこと。それが、当科の目指す次世代の脳腫瘍外科医育成です。



