深部脳腫瘍に対する精密な顕微鏡手術
視床腫瘍・松果体部腫瘍など、到達が難しい深部脳腫瘍に対して、顕微鏡手術と術中神経モニタリングを組み合わせ、機能温存を重視した治療を行っています。
静岡がんセンター脳神経外科では、視床腫瘍、松果体部腫瘍、小脳上部腫瘍、脳室内・脳室近傍腫瘍、島回腫瘍、海馬周囲腫瘍、脳梁周囲腫瘍など、脳の深部に発生する腫瘍に対して、手術顕微鏡を用いた精密な摘出術を行っています。
当科の本村和也診療部長は、静岡がんセンターおよび名古屋大学において、グリオーマをはじめとする脳腫瘍の外科治療に長年従事し、これまでに1,200例を超える脳腫瘍手術に携わってきました。こうした経験を基盤に、脳表から到達しにくい深部病変や、重要な神経・血管に接する腫瘍についても、症例ごとに手術の必要性、摘出の目的、最適な到達経路を慎重に検討しています。
脳の深部には、運動、感覚、記憶、意識、眼球運動などに関わる重要な神経構造や、深部静脈、脳幹、視床、脳室系などが密集しています。
そのため、深部脳腫瘍の手術では、単に腫瘍を摘出するだけではなく、
・どこから腫瘍へ到達するか
・どこまで摘出することができるか
・どの神経・血管・脳機能を守るべきか
・どの所見をもって摘出を止めるか
を術前から詳細に検討することが極めて重要です。
当科では、術前MRI、拡散テンソル画像、3D画像、ニューロナビゲーション、術中神経モニタリングを組み合わせ、患者さんごとに最適な手術経路を計画します。顕微鏡下で深部の血管・神経・脳室構造を確認し、摘出を進めるべき部位と、機能温存のために操作を止めるべき境界を慎重に判断し、安全性を保ちながら最大限の摘出を目指します。
1.深部脳腫瘍とは
深部脳腫瘍とは、脳の表面ではなく、脳の奥深い部位に発生する腫瘍の総称です。代表的なものには、以下のような腫瘍があります。
- 視床腫瘍
- 松果体部腫瘍
- 小脳上部腫瘍
- 第三脳室・側脳室内腫瘍および脳室近傍腫瘍
- 島回腫瘍
- 海馬・海馬傍回腫瘍
- 脳梁周囲腫瘍
- 中脳蓋部腫瘍
- 脳幹近傍腫瘍
これらの腫瘍は、発生部位や進展方向によっては手術の難易度が高く、従来は生検や経過観察にとどまることもありました。しかし、近年では、画像診断技術、手術顕微鏡、ナビゲーション、術中神経モニタリング、覚醒下手術の進歩に加え、深部脳腫瘍に対する手術経路や機能解剖についての知見が蓄積され、腫瘍の性質と位置を慎重に評価し、適切な症例を選択することで、安全な摘出が可能となる場合があります。ただし、画像上は類似していても、腫瘍の種類、硬さ、血流、周囲組織への浸潤の程度は症例ごとに異なります。そのため、最新の手術機器を使用するだけではなく、実際の術中所見に応じて、摘出方法や摘出範囲を柔軟に調整することが重要です。

図1:島回に発生した転移性脳腫瘍。左:術前画像、右:術後画像。画像上、全摘出を確認。

図2:脳梁部に発生した膠芽腫。左:術前画像、右:術後画像。画像上、全摘出を確認。
2.術前3Dシミュレーションによる手術経路の検討
深部脳腫瘍では、腫瘍そのものだけでなく、周囲の神経線維、動脈、静脈、脳室との位置関係を正確に把握する必要があります。
当科では、術前画像をもとに、腫瘍への到達経路を立体的に検討します。腫瘍の中心だけでなく、発育方向、周囲の脳溝、脳室との位置関係、流入血管、流出静脈、重要な神経線維の走行を評価し、複数の手術経路を比較します。
例えば、視床腫瘍では、腫瘍と錐体路、内包、脳室、深部静脈との位置関係が重要です。松果体部腫瘍では、ガレン大静脈、内大脳静脈、ローゼンタール基底静脈(basal vein of Rosenthal)などとの関係を詳細に評価します。島回腫瘍では、中大脳動脈とその分枝、基底核、内包に加え、運動、言語、認知機能に関わる神経線維との位置関係を検討します。
画像上の位置関係だけでなく、術野の深さ、手術器具を操作できる角度、血管処理の難易度なども考慮し、脳をできる限り傷つけず、必要な操作空間を確保できる、安全性が高いと考えられる手術経路を選択することを重視しています。

図3:後方から見た松果体部腫瘍と、周囲の深部静脈、動脈、脳幹との位置関係を示す3D画像。
3.手術顕微鏡による深部構造の精密な確認
手術顕微鏡は、深部脳腫瘍手術の安全性を高めるために不可欠な手術機器です。
顕微鏡により、深部の血管、神経、腫瘍境界、脳室壁などを拡大して立体的に観察することができます。深部脳腫瘍の手術では、術野が狭く、わずかな操作が神経機能や深部静脈の血流に影響することがあります。そのため、顕微鏡下での繊細な剥離、止血、腫瘍摘出が不可欠です。
腫瘍の硬さや出血の程度、正常脳との境界、重要な血管との癒着など、術中に得られる情報をもとに摘出方法を調整します。
腫瘍を強く牽引して一度に摘出するのではなく、腫瘍の内部を少しずつ減量し、周囲の神経や血管にかかる力を軽減しながら、腫瘍と正常構造を慎重に剥離します。腫瘍と正常構造との境界が不明瞭な場合や、重要な神経・血管を損傷する危険性が高い場合には、無理に摘出を継続せず、機能温存を優先して摘出範囲を判断します。

図4:手術顕微鏡を用いた脳腫瘍手術。
4.ニューロナビゲーションを用いた正確な到達
視床や松果体部などの深部腫瘍では、脳表から腫瘍までの距離が長く、手術中に方向を正確に保つことが重要です。
当科では、ニューロナビゲーションを用いて、現在の操作位置と、腫瘍、脳室、重要な神経線維との関係を確認しながら手術を進めます。これにより、脳表から直接確認できない深部病変に対しても、計画した経路に沿って正確に到達することが可能になります。
ただし、手術中には、髄液の排出や腫瘍の摘出に伴って脳の位置が変化する「ブレインシフト」が生じることがあります。当科では、ニューロナビゲーションの情報だけに依存せず、顕微鏡下で確認できる脳溝、動脈、静脈、脳室壁などの解剖学的構造と照合しながら、操作位置を判断します。

図5:視床腫瘍を上方から見た3D画像。腫瘍と周囲の血管・白質線維との位置関係を示す。
5.術中神経モニタリングによる機能温存
深部脳腫瘍の周囲には、運動機能に関わる錐体路など、損傷を避けるべき重要な神経経路が存在します。
当科では、必要に応じて運動誘発電位(MEP)や体性感覚誘発電位(SEP)などの術中神経モニタリングを行い、神経機能を確認しながら摘出範囲を判断します。特に視床腫瘍や内包近傍腫瘍では、わずかな操作が運動・感覚機能に影響する可能性があるため、モニタリング所見を参考にしながら、腫瘍摘出の限界を慎重に見極めます。
当科では、覚醒下手術や術中電気刺激を用いた脳機能マッピングに長年取り組んできました。島回腫瘍や海馬周囲腫瘍など、運動、言語、記憶、注意などに関わる神経回路の近くに腫瘍が存在する場合には、腫瘍の解剖学的位置だけでなく、患者さんごとの機能的な境界を確認しながら手術を進めます。
モニタリングの変化や電気刺激の反応が認められた場合には、その所見を摘出継続の可否を判断する重要な情報として用います。「できるだけ多く摘出すること」と「術後の神経機能を守ること」のバランスを取りながら、患者さんにとって利益が大きいと考えられる摘出範囲を判断します。

図6:運動誘発電位(MEP)モニタリング。
6.一人ひとりに応じた手術目的の設定
脳腫瘍手術では、同じ部位に発生した腫瘍であっても、腫瘍の種類、発育方向、周囲組織との境界、血管との関係は、患者さんごとに異なります。当科では、術前画像、神経症状、腫瘍の性質、予想される治療効果を総合的に評価し、患者さんごとに手術の目的を明確にします。
手術の目的には、以下のようなものがあります。
・画像上の全摘出を目指す
・安全性を優先し、可能な範囲で腫瘍を摘出する
・腫瘍を減量し、神経症状や水頭症を改善する
・生検によって正確な病理診断を得る
・放射線治療や薬物療法につなげるための組織を採取する
必ずしも、すべての症例で全摘出を目指すことが最善とは限りません。どこまで摘出することが患者さんの利益につながるのかを、手術前から慎重に判断することを重視しています。
7.診断から術後の集学的治療まで対応します
深部脳腫瘍の治療では、手術の可否だけでなく、腫瘍の種類を正確に診断することが重要です。
当科では、画像診断、病理組織学的診断、必要に応じた遺伝子・分子学的検査の結果を踏まえ、以下の治療を組み合わせます。
- 開頭腫瘍摘出術
- 定位的生検術
- 神経内視鏡手術
- 水頭症に対する第三脳室開窓術・シャント手術
- 放射線治療
- 化学療法
- 分子標的治療
- リハビリテーション
静岡がんセンターでは、脳神経外科、放射線治療科、病理診断科、画像診断科、リハビリテーション科などと連携し、患者さんの状態に応じた集学的治療を行います。
手術で得られた組織については、病理組織学的診断に加えて、必要に応じて遺伝子・分子学的な検査や解析を行います。その結果をもとに、術後の放射線治療、化学療法、分子標的治療などを検討します。

図7:視床に発生した膠芽腫。左:術前画像、右:術後画像。画像上、全摘出を確認。
8.手術適応と摘出限界を慎重に判断します
深部脳腫瘍は、すべての症例で積極的な摘出が適しているわけではありません。
腫瘍が重要な神経機能に深く入り込んでいる場合、重要血管と強く癒着している場合、あるいは摘出によって重い後遺症が生じる危険性が高い場合には、無理な摘出を避け、
・定位的生検による診断
・神経内視鏡による生検や水頭症治療
・放射線治療
・化学療法・薬物療法
・経過観察
などを選択することがあります。
当科では、画像所見、症状、年齢、全身状態、腫瘍の種類、予想される摘出率、術後機能障害のリスクを総合的に評価し、患者さんと十分に相談したうえで治療方針を決定します。
積極的な摘出を一律に勧めるのではなく、手術によって得られる利益と神経機能障害の危険性を比較し、摘出すべき症例と、摘出を控えるべき症例を適切に判断することを重視しています。
9.紹介をご検討の先生方へ
視床腫瘍、松果体部腫瘍、小脳上部腫瘍、脳室内・脳室近傍腫瘍、島回腫瘍、海馬周囲腫瘍、脳梁周囲腫瘍など、深部に発生した脳腫瘍について、手術適応や治療方針の判断にお悩みの症例がありましたら、ぜひ当科へご相談ください。
本村診療部長がこれまでに携わってきた1,200例を超える脳腫瘍手術の経験を基盤に、画像所見、症状、予想される病理診断、手術による利益と危険性を総合的に検討します。
「摘出が可能かどうか」だけではなく、
・生検と摘出のどちらを選択すべきか
・放射線治療や薬物療法を優先すべきか
・水頭症に対する治療を先行すべきか
・どの手術経路がより安全と考えられるか
・どこまでの摘出が可能と考えられるか
・術後の機能温存をどの程度見込めるか
を含めて、総合的に検討いたします。
初診時点で手術方針が決まっている必要はありません。他院で摘出が難しいと判断された症例、生検と摘出のどちらを選択すべきか判断が難しい症例、手術と放射線・薬物療法のどちらを優先すべきか迷われる症例、深部脳腫瘍に対するセカンドオピニオンにも対応します。顕微鏡手術、術前3Dシミュレーション、ニューロナビゲーション、術中神経モニタリング、脳機能マッピング、集学的治療を組み合わせ、患者さんにとって安全性と治療効果のバランスが取れた治療を目指します。



