支持療法と緩和ケア

 静岡がんセンターは、最先端のがん医療を提供するとともに、初診時から通院・入院中、療養生活中に至るまで、切れ目なく患者さんに寄り添い、治し支える全人的医療をめざしています。がんを治すことにとどまらず、患者さんとその家族を、身体的、精神的、そして社会的にも支え、生活の質(QOL)の向上を図ることを大切にしています。その中では、がんそのものの治療と並行して、患者さんのさまざまな悩み、苦痛、負担に対処する支持療法や緩和ケアが欠かせません。


図1:静岡がんセンターがん診療の概念図

 「支持療法」と「緩和ケア」の概念には一部重なるところもありますが、静岡がんセンターでは以下のように考えています。

 支持療法とは、がんに関連した症状や、がん治療によって起きる可能性のある副作用・合併症・後遺症などを予防し、また実際に症状が出た場合には、それを軽減させるための治療やケアです。静岡がんセンターでは、とりわけ後者(がん治療によって起きる副作用などへの対応)を支持療法の主体と考えています。がんやがん治療に伴う外見の変化に対するケア(アピアランスケア)も支持療法の重要な一分野です。

 一方緩和ケアは、がんの患者さんや家族の身体的・精神的苦痛や社会生活上の不安を和らげる治療やケアです。狭義には、がんが進行した場合に生ずる痛みやつらい症状、不安をやわらげる治療やケアがその主体と考えられていますが、がんによる悩み、苦痛、負担はがんの診断時から始まります。静岡がんセンターでは、初診時から患者さんの悩み、苦痛、負担を積極的にくみ取って、患者さんにとって必要な診療や支援に早くつなぐことができるよう努めています。

支持療法の実際

 がんの治療(手術、放射線療法、化学療法、免疫療法)には、さまざまな副作用・合併症・後遺症が起こることがあります。支持療法では、それらに対する予防、治療、ケアを行います。

 具体的には、化学療法の副作用である嘔気・嘔吐に対する制吐剤(吐き気止め)の使用、口内炎に対する口腔ケア、皮膚や爪の障害に対する治療やケアなどは、支持療法の代表的な例です。また、放射線治療によって生ずる皮膚や粘膜の障害に対する治療やケア、手術によって起こるリンパ浮腫の治療なども支持療法のよい例と言えます。さらに静岡がんセンターでは、脱毛、皮膚や爪の変化、体の部分欠損などの外見の変化に対するケア(アピアランスケア)も、支持療法の重要な一分野としてとらえています

 支持療法を適切に行うと、つらい副作用による患者さんの体や心の苦痛が軽減され、あるいは苦痛が生ずることを未然に防ぎ、治療中の生活の質が改善します。結果として、がん治療の効果が上がり、安全性が向上することにつながります。支持療法においては、担当の医師、看護師、薬剤師をはじめとし、必要に応じて歯科衛生士、リハビリスタッフ、栄養士、臨床心理士、また院内美容室スタッフなどが連携して、患者さんが安心して治療に臨むことができるようサポートします。

1、がん治療に伴う副作用・合併症・後遺症に関する情報提供と予防

 静岡がんセンターでは、がん治療開始前に、治療の内容やそれに伴って起こる可能性のある副作用、合併症等について、担当の医師、看護師、薬剤師などがあらかじめ説明します。比較的行う頻度の高い手術、薬物療法(化学療法や免疫療法)、放射線・陽子線治療については、個々の治療の説明文書や患者さん用クリティカルパスを用いて説明します。これらの文書はお渡ししますので、繰り返し読んでいただくことができます。手術においては、術後の合併症の予防のため、一定の年齢以上の患者さんが大きな手術を受ける前には、呼吸訓練、口腔内ケア、誤嚥のチェックなどを受けていただいています。口腔内ケアは、術後の誤嚥性肺炎予防のみならず、薬物療法や放射線・陽子線治療による口腔粘膜炎の予防のためにも大切です。必要な方には、治療前から歯科口腔外科に受診していただきます。

 静岡がんセンターでは、がん治療に伴う副作用、合併症、後遺症とその予防やケアについて詳しく知っていただくために、さまざまなツールを準備しています。①「処方別がん薬物療法説明書」では、薬物療法の詳細とともに、知っておくと役に立つ情報(例えば、主な副作用やその現れやすい時期、副作用の対処や工夫、など)を紹介しています。②「学びの広場シリーズ」では、抗がん剤治療と副作用およびその対策、放射線治療と副作用およびその対策、リンパ浮腫の概要、乳がん術後の下着のアドバイスなど、患者さんにとって大切なテーマ別に多くの冊子をそろえています。③職員ががんやその治療等に解説した「講演会の動画」も各種取り揃えています。これらは、病院1階の患者図書館(あすなろ図書館)、静岡がんセンターのホームページ等で見ていただくことができます。ホームページでは、「処方別がん薬物療法説明書」「学びの広場シリーズの冊子」をPDFでダウウンロードしていただけますし、講演会の動画(例:抗がん剤治療を受ける前に準備することなど)をYouTubeで視聴していただくことができます。

2、副作用等の症状が出現した場合の治療・ケア

 副作用等の症状が実際に出現した場合には、担当の医師、看護師に早めにお知らせください。まずは担当の医師、看護師が治療やケアにあたります。しかし、症状の出現部位やその内容によっては、皮膚科、眼科、歯科口腔外科、内分泌代謝科、リハビリテーション科などの専門の診療科がかかわります。また、必要に応じて、口腔ケアチーム、スキンケアチーム、栄養サポートチーム(NST)、褥瘡対策チーム、嚥下リハビリチーム、感染管理チーム(ICT)、AYA・こどもサポートチーム、せん妄対策チーム、緩和ケアチームなどの多職種の専門チームが、担当の医師、看護師と協力して支持療法にあたります。

 静岡がんセンターでは、がんやがん治療に伴う外見の変化に対するケア(アピアランスケア)にも力をいれています。具体的には、脱毛、肌や爪の変化、体の一部の欠損、などに対するケアがその代表です。これらに対しては、病棟、外来、化学療法センター、支持療法センターの看護師、皮膚科医師等の医療スタッフが、相談、ケアにあたります。また、院内美容室(こもれび)が医療用ウイッグや脱毛時用の帽子などに対応しています。お困り、お悩みの場合は、遠慮なく患者家族支援センターにご相談ください。

緩和ケアの実際

1、緩和ケアとは

緩和ケアは、WHOでは以下のように定義されています。

「緩和ケアとは、生命を脅かす病に関連する問題に直面している患者とその家族のQOLを、痛みやその他の身体的・心理社会的・スピリチュアルな問題を早期に見出し的確に評価を行い対応することで、苦痛を予防し和らげることを通して向上させるアプローチである。」

すなわち具体的には、

・痛みやその他のつらい症状を和らげる

・生命を肯定し、死にゆくことを自然な過程と捉える

・死を早めようとしたり遅らせようとしたりするものではない

・心理的およびスピリチュアルなケアを含む

・患者が最期までできる限り能動的に生きられるように支援する体制を提供する

・患者の病の間も死別後も、家族が対処していけるように支援する体制を提供する

・患者と家族のニーズに応えるためにチームアプローチを活用し、必要に応じて死別後のカウンセリングも行う

・QOLを高める。さらに、病の経過にも良い影響を及ぼす可能性がある

・病の早い時期から化学療法や放射線療法などの生存期間の延長を意図して行われる治療と組み合わせて適応でき、つらい合併症をよりよく理解し対処するための精査も含む

(以上、大阪巌、他. Palliative Care Res 2019;14(2):61-66 から引用)

緩和ケアは「全人的なケア」で、①身体的な苦痛、②精神・心理的苦痛、③社会的な苦悩、④スピリチュアルな苦痛、から成る、「全人的な苦しみ」を和らげる積極的なケアといえます。

図2:緩和ケアは全人的なケア

2、緩和ケア~診断時からの緩和ケアの取り組み

静岡がんセンターでは初診時から「悩み・負担・苦痛のスクリーニング」を実施し、診断当初から患者さんが抱える不安などに対応しています。「悩み・負担・苦痛のスクリーニング」は7,885人の患者さんの声から導き出された「診療上の悩み」「身体の苦痛」「心の苦悩」「暮らしの負担」の4分類から6つのスクリーニング項目をみいだして、初診時・入院時・治療方針変更時等に各項目についてつらさの拾い上げを行っています。がんの治療過程のどの時期においても患者さんが一人で苦痛を抱え込まないように、「拾い上げ、必要な支援に繋ぐ」ということが「診断時からの緩和ケア」の一歩となっています。

3、緩和ケア~がんが進行した時期からの関わりの実際

緩和ケアを主に実践しているのは緩和ケアチーム・緩和医療科・緩和ケア病棟の多職種チームや腫瘍精神科チームです。具体的には、①難治性の苦痛症状の診断とマネジメント、②こころのつらさに対する治療やケア、③臨死期(看取り)の緩和治療やケア、④遺族ケア(グリーフケア)等があげられます。

①難治性の苦痛症状の診断とマネジメント

~痛みの治療:静岡県立静岡がんセンター緩和医療科ならではの取り組み~

がんの痛みに対しては、オピオイド鎮痛薬(モルヒネとモルヒネに類似する効果を示す薬剤で、多数の種類があります)の投与が中心となりますが、当院では、標準的な治療だけでなく、2種類以上のオピオイド鎮痛薬を上手に併用する、あるいは処方に専門的な資格が必要となるメサドンという薬剤を使いこなす、といった工夫を行っています。特にタペンタドール、トラマドール、メサドンといったオピオイド鎮痛薬の処方実績は全国屈指です。

薬物療法だけでなく、放射線治療、IVR的治療、緩和的外科療法、緩和的化学療法などを積極的に用いることと、全国で実施可能な施設が非常に少ない「神経ブロック」を緩和医療科で積極的行っていることが、当院の特色の一つです。神経ブロックに関しても、全国屈指の実績を有します。

~病棟でのかかわり~

緩和困難な症状のマネジメントの例としては、難治性のがん疼痛マネジメントが挙げられます。一般病棟においては、各診療科の医師や病棟スタッフが通常使用している医療用麻薬などの鎮痛薬だけでは取り切れない複雑な痛みに対して、緩和ケアチームが介入してより専門的な薬剤の調整を行い、可能な場合は神経ブロックも実施して、積極的に症状緩和を行っています。場合によっては、放射線科、整形外科、IVR科、リハビリテーション科などの協力を得て、より質の高い専門的治療を提供しています。がんの進行に伴い、呼吸困難、吐き気、だるさ、不眠、抑うつ、身の置き所のなさなど、痛み以外の様々な症状も複雑に絡み合って出現することが多いですが、治療やケアの方法を多職種チームで検討し、担当医や病棟スタッフと密接に連携して必要な介入を行っています。

~外来でのかかわり~

外来通院中の患者さんが、各治療科担当医や外来スタッフによる治療やケアを行っても和らげることが難しい痛みなどの症状に対しては、各診療科担当医からの依頼に応じて、緩和医療科医師が緩和医療科外来で対応しています。外来においても各種薬剤の調整は十分可能です。神経ブロックが必要と判断された場合には、神経ブロックを実施している緩和医療科医師が直接患者さんを診察して治療についての説明を行い、患者さんがその実施を希望された場合には、依頼元の診療科担当医と協議し、入院の上神経ブロックを実施しています。

※神経ブロック:痛みを伝えている神経に麻酔薬や神経破壊薬を投与して、痛みが脳に伝わらなくなるようにする治療です。医療用麻薬を用いても和らげることが困難な痛みや、副作用のため十分量の鎮痛薬が投与できない場合に実施を検討します。例えば、膵臓がんによる強い腹痛や背中の痛み、直腸癌などお尻のあたりの腫瘍のため痛くて座ることができない、などの場合には神経ブロックをお勧めしています。この治療について経験を積んだペインクリニック出身の緩和医療科医師が治療を担当します。

②こころのつらさに対する治療、ケア

病気の進行に伴いバッドニュース(悪い知らせ)を伝える場面が多くなるため、こころに受ける衝撃や現状を受け止めて適応できるようなケアが重要になります。外来、入院を問わず、腫瘍精神科医師や臨床心理士の介入も行っています。

③看取りの緩和治療やケア

看取りの段階における治療やケアにおいては、最期まで患者さんの苦痛を和らげることや、ご家族の意向を尊重したケアに重点をおいています。がんという病気に対する直接的な治療に終わりはあっても、がん患者さんのつらさに対する治療やケアに終わりはありません。つまり、がん治療は看取りのその時まで、さらにはその後のご遺族に対するケアまで、終わりなく続きます。最期の時まで症状緩和に全力を注ぎ、患者さんの尊厳を守り、価値観を尊重し、希望を支え、その人らしい人生を全うしていただけるよう、治療やケアを継続します。緩和ケア病棟においては緩和医療科医師が、また一般病棟においては各診療科の主担当医が、(病棟)看護師、腫瘍精神科医師、薬剤師や臨床心理士、緩和ケアチームなどと協働して、多職種チームで対応します。コロナ禍においては、面会制限により緩和ケア病棟でも家族と過ごせない影響もあり、在宅移行や在宅での看取りを希望するケースが増えています。「自宅で家族に見守られながら最期を迎えたい」という思いを尊重して、療養場所の選択をすることも大事なケアになります。一般病棟においては、医療ソーシャルワーカーや緩和ケアチームが在宅移行に必要なお手伝いも行っております。

④遺族ケア

死別後のご遺族への関りは、臨床心理士や腫瘍精神科医などの専門家だけでなく、一般病棟や緩和ケア病棟でかかわった医療者もケアを行っており、親を亡くした子供さんに対してはチャイルド・ライフ・スペシャリストなどの小児ケアの専門家が介入しています。また静岡がんセンターでは毎年、病院で行う慰霊祭や緩和ケア病棟で行う茶話会など開催し、ご遺族と医療者との「語り場」を設けています。

理想のがん医療を目指して

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