高齢者のがん治療

体力や免疫力が弱っている高齢者に対してのがん治療の取り組みを紹介しています。

重要なポイント

高齢者のがん治療を進めるには次のような項目に注意する必要があります。

高齢者とは何歳以上か?

がん治療において「高齢者」が何歳以上を指すか、明確な定義はありません。
社会通念上は65歳以上が「高齢者」で、健康保険では65歳以上~75歳未満を「前期高齢者」、75歳以上を「後期高齢者」と区分しています。
ところが、2010年には、すべてのがん患者の29%が65歳以上~75歳未満で、75歳以上が41%を占めています。従って、がん治療において、「高齢者」の区分を65歳以上に置くと7割が「高齢者」と分類されてしまいます。実際の治療にあたっては、70歳台前半であれば、標準的な治療に十分耐えられます。そこで、ここでは、おおむね75歳以上の患者さんを対象に「高齢者のがん治療」について説明いたします。

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基本的な考え方

「高齢者」では、暦年齢(実年齢)ではなく、身体の状態が想定される治療に耐えられるかという判断が大切になります。例え、若くても、様々な病気をすでに持っていれば「高齢者」以上に慎重に対応しますし、逆に「高齢者」であっても状態が良ければ負担の大きな治療を推奨することができます。
がんの治療では、がんの種類や進み具合(病期、ステージ)を正確に診断した上で、最善の結果を得ることが期待できる「標準治療」がまず推奨されます。「標準治療」は、臨床試験によって「がんに対する効果などの利益が、副作用などの不利益を上回ること」や、「他の治療法より有効性が高いこと」といった「科学的根拠」が明らかにされた治療法です。
ところが、多くの場合、臨床試験は70歳台前半までの患者さんを対象に実施されるため、75歳を越える「高齢者」では「標準治療」が確立していません。そこで、「標準治療」が確立されている世代の治療方針に比べると、「高齢者」の治療方針は担当医の経験と判断により左右されるようになります。
「高齢者」の治療が容易でないもう一つの理由は、「高齢者」に実施される治療のもたらす利益と不利益の差が余り大きくない点です。危険を冒して得られる余命が元々の寿命と比べて利益が見込めるか否か、治療に伴う副作用、合併症、後遺症から回復して健康体を取り戻せるか、治療によって寝たきりの状態になってしまう可能性はどの程度かなど、若い世代の治療と比べると不利な点が数多く認められます。
担当医はこのような点を重視しながら治療方針を定めます。繰り返しになりますが、がん治療の場合、実年齢によって治療方針が変わることはありません。あくまでも、患者さんの身体や精神状態を把握しながら担当医が治療方針を決定します。また、がんの種類や進み具合によって、「高齢者」の治療方針は千差万別です。そこで、具体的な治療方針については、それぞれのがんについて情報を集めなければなりません。

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治療の進め方

高齢のがん患者さんを診た医師が、治療方針を考えるときの考え方や注意点を知っておきましょう。
より若い世代の場合と比べて、担当医は、患者さんが想定される治療に耐え、回復し、健康を取り戻すことが可能かを判断します。そのため、「身体状況」「検査所見」「理解能力」「精神状態」などを参考にします。このような細目とともに、全体的な印象も重視され、特に、手術の場合には、次のような項目が重視されます。

このように患者さんの全身状態を把握した上で、担当医は、負担が大きくても確実な効果を見込める「標準治療」を実施できないかを、まず判断します。そして、「標準治療」では、不利益が大きいと判断されれば、例え、科学的根拠が不十分で、治療効果は劣っても、「高齢者」が比較的安全に受けられる治療法の可否を検討します。
手術治療では、近年の手術機器の発達に伴い、「高齢者」に優しい治療が開発されています。消化管の早期がん(胃がん、大腸がん、食道がん)に対する内視鏡治療や腹腔鏡下手術、肺がんに対する胸腔鏡手術などがその例です。
また、手術の場合には、乳がんや皮膚がんなどのように患者さんに与える負担が比較的、少ないものの場合には年齢に関わらず積極的な治療が実施されています。さらに例外として、治療をせずに放置すれば、短期間で死に至る危険性があり、手術で死を避けることが期待され、本人が治療を希望する場合には、危険を冒してでも積極的な手術を実施する場合があります。
薬物療法でも、既存の抗がん剤は使えないが、副作用の少ない新薬なら十分治療に耐えられる場合が増えてきました。「高齢者」の場合、投与量を加減することもあります。放射線治療は、他の治療法に比べて「高齢者」でも負担が少なく受けられる治療法です。
ただし、「高齢者」の場合、科学的根拠が十分ではないので、治療方針の決定には担当医の経験と判断が重視されます。そこで、「高齢者」に対して積極的な治療を行うためには、担当医が「危険性はあるけれども、積極的ながん治療が可能で、上手くいった場合の利益が大きい」と判断し、患者さんがその治療を強く希望するという条件が同時に満たされなければなりません。
一方で、検討の結果、患者さんにとって、積極的な治療による不利益の方が大きいと判断された場合には、決して無理をせず、がんによって引き起こされる症状を和らげ、元気で暮らす期間をできるだけ長くする支持療法や緩和ケアが推奨されます。

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治療に伴う利益と不利益

がん治療の主たる目標は、患者さんが治癒し、あるいは延命することです。「高齢者」の場合には、さらに、治療による生活の質(QOL)の悪化の可能性も重視されます。
たとえば85歳の肺がん患者さんで、呼吸や心臓の機能が衰えている場合は、手術でがんを切除できたとしても、体力を消耗し、入院期間が長引いて合併症の可能性が高くなります。また、肺がんの治癒率は比較的低く、手術が成功しても、その後の再発の可能性が考えられ、余命を伸ばすチャンスは高くないと考えられます。そこで、早期がんでない限り、手術は実施すべきではないという結論に達することが多いと思います。
一方、85歳でも身体的、精神的に元気な患者さんであれば、負担の少ない手術を実施するなど、治癒を目指す治療を行うことができます。あるとき老人会での講演を頼まれた時、二人の元気な90歳に近いお年寄りから、自分たちは静岡がんセンターで肺がんの手術を受け、今は大変元気にしているとご挨拶をいただきました。医療スタッフにとっても、合併症が多い高齢者の手術は、大変、負担が大きいものですが、このような経験からは、単純に年齢だけで治療方針を決めてはいけないということを教えられるようです。
 あるいは、手術が不可能な進行したがん患者さんで、より若い世代であれば抗がん剤治療による延命が期待できる状況であっても、「高齢者」の場合には、副作用による全身状態の悪化を勘案し、薬物療法は実施せず、支持療法や緩和ケアを行い、残された余命での生活の質(QOL)の向上を図るという選択がなされています。

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説明と同意(インフォームドコンセント)

「高齢者」のがん治療方針を決定する場合には、患者さんの意思を十分に尊重せねばなりません。「標準治療」が実施できないことも多く、担当医の考えをより正確に理解してもらう必要性が高いためです。また、若い世代に比べれば、重大な副作用や合併症が起きる可能性も高くなります。
説明と同意に当たっては、患者さんが、治療方針に付随する危険性を理解することが大切です。治療が期待した効果を上げられなかった場合には、かえって余命が短くなったり、副作用や合併症のために残された余命期間を生活の質(QOL)が低下した状態で過ごさなければならない危険性があることを理解せねばなりません。それを了解した上で、積極的な治療を希望するという意思表示があれば、担当医は、さまざまな手法を考えながら希望に添うことができないかを検討します。
治療方針の決定に当たっては、担当医と患者さんの双方が、「治療によって利益が期待される」、「患者さんは、身体的、精神的に想定される治療に耐えられる」、「患者さん本人の治療に対する希望が強い」といった要件を理解していることが必要です。
患者さんとご家族からは、「命を助けて欲しい。治療が原因で命を失うことになってもかまわない」という声が多く聞かれます。しかし、担当医は、安易にその声に従い、患者さんの余命を短くしてしまう状況を恐れ、「高齢者」の治療には慎重になる傾向があります。高齢のがん患者さんの治療方針をめぐって、担当医の提案に患者さんやご家族が納得できないと思えた場合には、経験豊富な医師のセカンドオピニオンを求めるとよいでしょう。

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「高齢者」のがんは進行が遅いとは限らない

多くの一般人は、「高齢者」のがんは進行が遅いと考えています。確かに、がんが発生してから、がんと診断されるまでには、普通10年以上の月日がかかるとされています。比較的悪性度の低いがんは大きくなるまで時間がかかり、高齢になって初めて発見されることが多くなります。従って、「高齢者のがんは悪性度が低く、進行も遅い」という考えの一部は真実だといえます。

一方で、がんは遺伝子にできた傷が原因で発生します。遺伝子の傷は、年を経るに従って数が増え、重要な遺伝子に変化が生じる可能性も高まります。そこで、年齢には関係なく、高齢者にも悪性度の高いがんが出現することもよく経験します。
担当医は、「高齢者のがんであるから進行が遅い」ということは考慮には入れず、一人ひとりの患者さんについて、進行が遅い悪性度の低いがんか、あるいは、悪性度の高いがんかを判断して治療方針を決定します。

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治療・ケアにおいて気をつけること

「高齢者」に積極的ながん治療を実施する場合、患者さん本人やご家族は、治療に伴う副作用、合併症、後遺症などの危険性が、若い世代よりは大きいことを覚悟しなければなりません。
手術の後、肺炎になったり、手術を契機に心筋梗塞や脳卒中などを発症する可能性が高まります。また、手術などの影響で体力の低下が著しく、寝たきりになったり、治療後、認知症が悪化するなど、若い世代の患者さんではみられない状況も生まれがちです。抗がん剤治療での、副作用が強く出現し、副作用からの回復もかなり遅れることがまれではありません。
高齢の患者さんでは、治療に伴う危険性とともに、療養生活における危険性についても注意を払う必要があります。
入院中、あるいは退院後、高齢の患者さんは体力が衰えるため、歩行中の転倒やベッドからの転落が頻繁に起きます。
薬剤の効果も不安定です。普段、常用していた睡眠薬を、治療など全身に負担がかかっている状態で服用した場合、せん妄状態に陥りやすいことも良く経験します。
また、「高齢者」はベッドに寝たままでいると、肺炎になったり、体力や筋肉が急激に衰えると言われています。そこで医療スタッフは、手術後の傷の痛みをコントロールしながら、手術の翌日から患者さんを積極的に座らせたり、歩かせるといった努力を払います。ご家族から見ると、「年寄りなのにかわいそうだ。休ませておいてあげたいのに。」と思いがちですが、体力や筋力を維持し、創の回復を図るために、高齢患者さんは一般の患者さんより厳しい対応を迫られることもあるのです。
入院中もご家族の負担は大きくなります。一般の患者さんならお見舞いで済むような場合でも、高齢の患者さんだと、病院の要望に応じて、ずっとそばに付き添うことを求められることもあります。「高齢者」は、環境が急変すると精神状態が不安定になり、目を離せない状況が生まれることもあり、ご家族の協力が必要になることがあります。

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退院後の介護 -家族の役割-

高齢の患者さんに対するがん治療では、治療中、治療後ともに、身体状況や精神状態が治療前とは大きく異なってしまう可能性を考慮せねばなりません。
「高齢者」の治療では、入院中は医療スタッフが対応し、必要な治療や介護を行います。しかし、退院後、前述のような状況になることも想定して、ご家族は、退院後の医療・介護体制を考慮しておくと良いでしょう。
まず、治療に関しては、地域の診療所や訪問看護ステーションを確保することが望ましいと思います。がん治療を受けた病院が遠方であったり、緊急時の対応が難しかったりする場合は特にこの点が重要です。
身寄りのない高齢の患者さんや老老介護しか可能性がない場合には、社会福祉的な対応をすることになりますが、遠方であっても、ご家族がいらっしゃる場合には、病院や行政の努力にも限界があるので、ご家族の負担を求めざるを得ないことも多くなります。
ご家族だけで対応しきれない場合は、「介護保険」を利用して、自宅介護や通院の付き添いなどに対応してもらえるかどうかを、市町役場の地域包括支援センターやケアマネージャーに問い合わせておくとよいでしょう。介護保険を利用する場合は、「要介護度」の認定が必要になりますから、その手続きについても、聞いておきましょう。
介護保険を利用すると、少ない費用負担で、要介護度に応じて定期的にヘルパーさんを派遣してもらったり、電動ベッドや車椅子をレンタルすることができます。
多くの病院では、社会福祉士(ソーシャルワーカー)が勤務しており、このような相談に乗ってくれます。静岡がんセンターでは「がんよろず相談」や「患者家族支援センター」でご相談ください。
高齢のがん患者さんの生活面で、家族ができることもたくさんあります。
まず、歯磨きをしっかり行うことで肺炎を予防しましょう。患者さんが義歯を使っている場合は、専用の洗浄剤でこまめに除菌しておきます。
また、食事を工夫したり、無理のない範囲で歩行などを促したりして、患者さんの体力や身体能力の回復を図ることも大切です。
さらに、予防注射などを積極的に受けてもらうことで、インフルエンザや肺炎などの病気を防ぐことができます。
その他、退院後の生活では、医療スタッフからのアドバイスをしっかり実践するように務めてください。

(一部、山口建著、親ががんになったら読む本、主婦の友社、2015年より引用)

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