研究活動

1) 集学的治療による胃癌治療成績の向上に関する取り組み

進行胃癌に対しては手術だけでは満足な成績が得られないため、術後にS-1という抗がん剤を1年間内服して頂く、補助化学療法が一標準治療とされています。しかしながら、一部の腫瘍に対しては標準的化学療法だけでは満足な成績が得られないため、術前・術後の抗がん剤治療の効果に関して様々な臨床試験が行われております。臨床試験は一つの施設だけで行う事は困難ですので多くの施設の共同で行われます。我が国で胃がんに対してこの多施設行動臨床試験を行う研究グループとして最も規模が大きいものが日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)(http://www.jcog.jp/general/index.html)です。当科はJCOGの主要メンバーであり、現在科部長の寺島が胃がんグループの代表者として様々な研究を推進しております。代表的な研究としましては、HER2という分子が過剰発現している患者さんに対する「高度リンパ節転移を有するHER2陽性胃・食道胃接合部腺癌に対する術前trastuzumab併用化学療法の意義に関するランダム化第II相試験術前補助化学療法」や、進行胃がんに対する術前化学療法の効果を検討する「局所進行胃癌における術後補助化学療法に対する周術期化学療法の優越性を 検証することを目的としたランダム化比較第 III 相試験」などがあります。

更に、近年悪性黒色腫や肺がんに対して優れた効果が認められているニボルマブを世界で初めて胃がんの術後補助化学療法に導入する試験も、日本、韓国、台湾、中国の国際共同試験として施行中であり、寺島が試験調整医師として努めています。ニボルマブと同様の免疫チェックポイント阻害剤であるペンブロリズマブを胃がんの術前化学療法に導入する臨床試験にも参加しております。
こういった集学的治療を積極的に導入する事により、これまで治らなかった患者さんが一人でも多く治るようになる事を期待しています。

2) 新しい手術術式の導入に関する試み

抗がん剤の開発と同様に、新しい手術機器やそれを利用した新しい手術術式どんどん開発されています。しかしながら、大切な患者さんの手術に闇雲に導入する事は控えるべきであると考えております。従いまして、新しい術式の導入に関しても臨床試験として行う事を原則としています。

近年、お腹を大きく開けて行う開腹手術に変わって、小さい傷から腹腔内にカメラや鉗子を挿入して手術を行う腹腔鏡下手術が急速に普及しています。早期胃がんに対する幽門側胃切除に関しては既に標準治療の選択肢の一つとして挙げられており、当科においても殆どの患者さんが腹腔鏡で手術を受けられています。しかしながら、進行胃がんに対する安全性、有効性は検証されていません。日本腹腔鏡手術研究グループ(JLSSG)では「進行胃癌に対する腹腔鏡下手術と開腹手術の安全性と根治性に関するランダム化II/III相比較試験」を実施しており、当院も参加しております。現在登録が終了し、結果を追跡中です。
同様に胃全摘に対する腹腔鏡下手術の安全性も確認されていませんので、JCOGでは「臨床病期I期胃癌に対する腹腔鏡下胃全摘術および腹腔鏡下噴門側胃切除術の安全性に関する非ランダム化検証的試験」を実施しております。この結果、安全性が証明されれば、今後早期胃がんに対しては腹腔鏡下胃全摘術、腹腔鏡下噴門側胃切除術も標準治療の一つになるものと考えられます。
当科では腹腔鏡下手術を更に発展させたロボット手術を2011年から胃がんに対して導入し、その安全性に関して臨床試験として実施してきました。その結果は既に論文として掲載されておりますが、腹腔鏡下手術と比較しても極めて安全、確実な手術の実施が可能であります。2014年からは先進医療下で実施された「切除可能胃癌に対するda Vinci surgical system (DVSS)によるロボット支援胃切除術の安全性,有効性,経済性に関する多施設共同臨床試験」に参加しロボット手術を実施してきました。この試験の結果は既に公表されていますが、ロボット支援下胃切除術は腹腔鏡下胃切除と比較して有意に術後合併症を減らす事ができました。こういった結果を受けて2018年4月にロボット支援下胃切除術は保険収載が認められております。
腫瘍の中心が食道と胃の境目にある食道胃接合部癌に対しては未だ明確なリンパ節郭清範囲が定まっておりません。日本胃癌学会は日本食道学会と共同で「食道胃接合部癌に対する縦隔リンパ節および大動脈周囲リンパ節の郭清効果を検討する介入研究」を行っております。現在結果の解析中です。
これら以外にも、手術終了時の大量腹腔内洗浄による腹膜再発の防止効果を検討する「胃がん治癒切除後の大量腹腔内洗浄に関する国際第Ⅲ相比較臨床試験」にもシンガポール大学との共同研究として行っています。また、当科独自の研究としましては、胃全摘の際の食道と空腸をつなぐ際にどういった器械を使用するのがより良いかを検討する「開腹胃全摘後の食道空腸吻合における、linear staplerを用いた再建法のcircular staplerを用いた再建法に対する優越性を検討するランダム化第Ⅱ相試験」も行っています。
これらの研究を通して、安全・確実でかつ患者さんの負担がより少なくなる手術の確立を目指しています。

3) 手術の安全性を向上させる工夫

当科は日本で有数の切除症例数を誇っており、手術の安全性そのものは極めて高いものとなっています。しかしながら、術後合併症はゼロである事が理想であるため、それを目標とした臨床試験も、当科単独もしくは数施設との共同で進められております。
胃がんの手術後に最も厄介な合併症は、膵液が漏れてきて感染や出血の原因となる膵液瘻です。膵液瘻に感染を伴うと腹腔内膿瘍と言ってお腹の中に膿が貯まってしまい長期入院を必要としてしまいます。そこで、膵液瘻に起因する腹腔内膿瘍を予防する「D2郭清を伴う胃切除後、ドレーンアミラーゼ高値症例を対象に予防的抗菌剤投与延長の術後腹腔内感染性合併症に対する有効性に関するランダム化比較第Ⅱ相試験」を企画し、当科を含む国内の代表的数施設との共同で試験を実施しています。現在は登録が終了し、結果の解析中です。
近年、社会の高齢化に伴い胃がんの手術を受ける患者さんの年齢も上昇傾向にあります。高齢者に対して手術を行った場合にいくつか特有の合併症が発生する事があります。一つは嚥下機能の低下に伴う誤嚥性肺炎です。誤嚥性肺炎を予防する目的で、術前の嚥下機能評価、口腔衛生、呼吸器リハビリなど一連のプログラムの効果を検討する「高齢者胃癌患者に対する術前嚥下機能スクリーニングおよび肺炎予防プログラムの有用性に関する臨床第II相試験」を、当科、リハビリテーション科、歯科口腔外科との共同研究として実施しました。その結果これらのプログラムが術後肺炎の予防に有効であることが示されました。高齢者で問題となるもう一つの大きな合併症は術後せん妄であります。術後せん妄の予防には術前からの介入が必要と考え、精神腫瘍科と共同で「胃癌周術期における高齢者患者を対象とした術後せん妄発症予防におけるラメルテオンの効果に関する臨床第Ⅱ相試験」を実施しました。その結果、ラメルテオンがせん妄予防に有効であることが証明されました。
これら以外にも、周術期管理の向上を目的として術後回復促進プログラムの有用性についても評価しております。今後は、サルコペニアなどに代表される高齢者における栄養障害に対する介入試験を実施する予定にしています。
現在、当科では患者家族支援センターやリハビリテーション科、歯科口腔外科などとの共同で、「包括的高齢者支援プログラム」を計画しております。このプラグラムでは、様々な問題を有する高齢者を、外来受診時から、入院、手術、退院(場合によっては転院、施設入所なども支援)、通院、在宅療養までを包括的に支援する予定としております。

4) 胃癌の悪性度評価に関する研究

手術や集学的治療の進歩により、胃がんに対する治療成績は以前に比し確実に向上しています。しかしながら、未だ進展の早いがん、再発しやすいがんなど、がんの個性を判断し治療戦略を立案する治療の個別化は確立されていません。当科では、研究所と共同研究で胃癌の悪性度を評価する様々な研究を実施してきました。

胃癌の新しい腫瘍マーカーを開発する目的でスプライシングバリアントに着目し、「胃がんの発症メカニズム解明と診断マーカーの探索に関する研究」を実施し、ある種のバリアントが胃がんの新たな腫瘍マーカーとして有望である事を報告しました。更に本研究の一環として、がんの代謝から胃がんの生物学的特性を判定する事を目的として、株式会社HMTとの共同で、胃がん組織のメタボローム解析を実施しました。胃がん組織では正常組織と代謝が異なる事、分化型がんと未分化型がんでは代謝のパターンに違いがある事を見いだしました。

現在、静岡がんセンター全体で取り組んでいますプロジェクトHOPEの一環として、全進行がん症例の全エクソン解析、網羅的遺伝子発現解析を実施しています。この研究から、我が国の胃がんは遺伝子発現型から予後の異なる幾つかのグループに分類可能である事を解明し、報告しています。また、同様な手法で、胃がんの中でも特に悪性度が高い神経内分泌腫瘍における特異的な遺伝子発現パターンを解析し、新規マーカー分子の同定も可能となっています。

これら、胃がんの悪性度の評価の研究を通じて、将来的には治療の個別化や、Precision Medicineへの応用を目指しています。

関連情報

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胃外科

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