マルチオミクス解析を用いた個別化医療研究に着手

“理想のがん医療”と“未病医学の実践”を目指して マルチオミクス解析を用いた個別化医療研究に着手

2014年8月18日
静岡県立静岡がんセンター

静岡県立静岡がんセンターは、2014年1月より、理想のがん医療としての個別化医療と“未病医学※1の実践”を目指す臨床研究「プロジェクトHOPE(ホープ) (High-tech Omics-based Patient Evaluation)」(研究責任者 静岡がんセンター総長 山口 建)を、株式会社エスアールエル(本社:東京、代表取締役社長:小川 眞史、以下 エスアールエル)と共同で開始しています。

プロジェクトHOPEでは、がんの性質を、遺伝子解析(ゲノミクス)・RNA解析(トランスクリプトミクス)・蛋白質解析(プロテオミクス)・代謝物解析(メタボロミクス)等を統合したマルチオミクス解析※2により明らかにし、その成果をもとに新しいがん診断・治療技術の研究・開発を進めます。同時に、患者さんの体質についての遺伝子解析結果を参考に、“未病の思想”に基づく医学、すなわち“未病医学”の推進につとめます。解析結果や分析試料は患者別に保管され、将来、新たな治療法や解析技術が生まれた場合、その患者さんの個別化医療や“未病医学”に活用します。

このように、本プロジェクトは、がんの性質や患者さんの体質についてのマルチオミクス解析を同一研究所内で行える環境を整え、臨床現場というフィールドをもち、長期間にわたりデータを蓄積できるという特徴があります。なお、本研究は、2013年に改訂された「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」に則った研究計画として、両機関の倫理審査委員会の承認を経た上で、研究参加に同意した患者さんを対象に実施しています。

プロジェクトHOPEの推進に当たっては、静岡がんセンターでがん摘出手術を受ける患者さんの約1/3程度を占める、新鮮かつ十分量のがん組織の提供が可能な方を対象とします。まず、病変部位のすべての遺伝子について、エクソン※3部分のDNA配列(全エクソン解析)と全遺伝子の発現解析を同時に行い、さらに、正常組織としての血液細胞についてもDNA配列を調べ、それらのデータ(遺伝情報)が患者さんの診療にどのように生かせるかを研究します。必要に応じて、蛋白質や代謝産物の網羅的解析結果も追加します(図1)。およそ半年を経過した現時点で、すでに約500名の患者さんが研究に参加し、当面の目標である3000例の解析を3年間で達成するペースで進められています。

なお、共同研究における役割分担は、静岡がんセンターが、患者診療、診療情報の集積、遺伝子解析、診療情報と遺伝子情報との照合を、また、エスアールエルが、簡易解析技術開発、精度管理、臨床検査への導入を目指した研究を担当します。

【プロジェクトHOPEの目標と想定される臨床的意義】

本プロジェクトの目標は、“がんの個別化医療の推進”、“未病医学の実践”、“医療スタッフ・研究者の学習”、”研究と開発”の四点です。

第一に、“がんの個別化医療の推進”においては、当初の220例の分析によって、がんの増殖・進展に関わる可能性が高い遺伝子変異や遺伝子発現異常が74%の症例で見つかりました。今後、精度が向上すればその割合はさらに高まります。がん臨床医は、これらのデータを用い、一人ひとりの患者さんのがんの性質を知るとともに、将来、再発時には患者さんのがんの特性にみあった分子標的薬の選択を行うことができます。
 また、今回の研究で得られた解析結果は将来に備え、保管されます。マルチオミクス解析の特徴は、将来、解析結果を、その患者さんにとって有益な診断技術や分子標的薬選択に活用することができることです。

第二に、“未病医学の実践”とは、正常組織である血液細胞の解析結果から患者さんの体質に関する遺伝情報を知り、アルコールによる健康被害などの生活習慣が原因となる疾病の罹患リスクを予測し、予防医学に活かすことです。また、遺伝性がんやがん以外の遺伝性疾患の発症予測、予防的治療、あるいは、遺伝性疾患の場合には血縁者の診療にも役立てることができます。プロジェクトHOPEではこれまでに、1例の遺伝性がんと4例の遺伝性消化器疾患や心臓疾患が発見され、遺伝カウンセラーの支援のもと、専門医による診療が進められています。このように、正常組織の遺伝子解析は、「既病を治さずして未病を治す」とする古代中国の「未病の思想」を現代医学における“未病医学”として実現するために役立ちます。

第三に、“医療スタッフ・研究者の学習”については、医療スタッフは担当する患者さんのがん並びに体質についての遺伝子変化を把握した上で診療にあたります。このことは、がん診療の質の向上に寄与するとともに、医療スタッフがゲノム医療に習熟することにも役立ちます。一方、解析を担当する研究スタッフにとっては、解析結果と臨床データを照合することによって解析精度が高まるため、遺伝子変化と病態との関連をより詳しく学ぶことができ、遺伝子解析に基づく臨床検査を広く社会に普及させることが可能となります。

第四に、“研究と開発”の視点からは、プロジェクトHOPEの成果は、がん医療の進歩に向けた研究と開発のための重要なシーズであり、分子標的薬やバイオマーカー、診断薬開発に結びつく新規の遺伝子変化を見つけることが期待されます。今後、プロジェクトHOPEの成果に基づく研究と開発は、静岡県が推進するファルマバレープロジェクトのもと、静岡がんセンター、ファルマバレーセンター、エスアールエルなどの共同研究として推進される予定です。

なお、本研究の概要については、8月26日(火)の「医療健康産業の新時代を拓く 静岡ファルマバレープロジェクト~最新の成果と新拠点整備~」(開催場所:東京)で説明いたします。また、9月26日(金)の第73回日本癌学会学術総会第二日目のポスターセッションで、9演題の学術発表を予定しています。

静岡がんセンター 総長 山口建からのコメント(「プロジェクトHOPE」に対する期待について)

プロジェクトHOPEは、 過去数十年間、世界中で蓄積されてきたがんのマルチオミクス解析技術を、一人ひとりの患者さんに還元するという理想のがん医療を追求するための研究です。一つの病院で手術を受ける患者さんについて、試料が得られる限り、全エクソン・全遺伝子発現解析を行い、その結果をリアルタイムに診療情報と照合する研究 は、世界的に見ても例がありません。さらに、この研究で明らかにされる患者さんの遺伝学的な体質を未病医学の実践に活用することも新しい試みです。同時に、得られたデータから、ひとりでも多くのがんの患者さんを治癒に導く新しい技術が生まれることが期待されます。

(図1) プロジェクトHOPEで実施予定のマルチオミクス解析とその成果の臨床応用

※1 「未病医学」について:

「未病の思想」とは、中国最古の医学書「黄帝内経」において「聖人は既病を治さずして未病を治す」と述べられている考えであり、現代医学でも重要な意義を持つ。“未病医学”は、現代医学を駆使し、“未だ病に至らざる時期”に介入することによって疾病を予防し、また、早期発見・早期治療を目指す考えである。

※2 「マルチオミクス解析」について:

マルチオミクス解析」は、人体の機能を司る様々な物質を、一つひとつではなく、すべて一括して分析する手法で、“ミクス”は網羅的解析を意味する。分析対象によって、ゲノミクス、トランスクリプトミクス、プロテオミクス、メタボロミクスなどに分かれる。

※3 「エクソン」について:

ヒトのすべての遺伝情報を含むゲノムは、化学物質であるDNAとして塩基対が30億個連なった紐のような構造を持ち、その所々に、遺伝機能の担い手である遺伝子が2万1千個散在する。遺伝子構造のうち蛋白質合成についての情報を含む部分はエクソンと呼ばれ、全ゲノム塩基対の約2%に相当する 約6千万個の塩基対からなる。がんの原因となる遺伝子異常の大多数は、約五百個といわれるがん関連遺伝子群のエクソン部分の変化とされている。

静岡県立静岡がんセンター

2002 年 4 月に開設。理想のがん医療を目指し、患者さんの視点を重視しながら、内視鏡手術、手術支援ロボット・ダヴィンチ、陽子線治療などの高度な先進医療を提供するがんの専門医療機関です。同時に、患者家族支援にも積極的に取り組み、よろず相談や心のケアまで全人的な治療を実施し、患者さんに寄り添った医療を目指しています。特定機能病院および静岡県がん診療連携拠点病院に指定され、現在、2つの緩和ケア病棟50床含め病床数は589床です。また、がん診療レベル向上のため、医療現場で必要とされるケア用品や医療器具のアイデアを募集し、ファルマバレーセンターを通じて企業と研究開発したものを製品化するファルマバレープロジェクトの中心機関としても活動しています。

株式会社エスアールエル

病院を中心とする医療機関から検体検査を受託する日本最大手の検査センターであり、2013年度の売上高は約1,000億円。創業以来、特殊検査を中心に大学病院や国立病院などの大病院を中心に市場を拡大し、現在では、主要地域にある地域ラボおよびグループ会社を通じて、一般・緊急検査から特殊・研究検査まですべての分野にわたり受託体制を整えています。全検査分野において、高い検査技術力および開発力を有し、特に1995年に設立した遺伝子・染色体解析センターを中心に新しい遺伝子検査技術とバイオマーカーの開発を行い、近年では創薬開発支援技術としてGWAS(genome-wide association study)への取り組み、次世代シーケンサーを用いた検査技術、検査項目および解析技術の開発を行っています。また、Media Mix(フォーラム、学術情報誌、Webを用いた双方向のコミュニケーション等)による臨床検査情報の提供により、総合的に医療をサポートしています。

本プレスリリースPDFはこちら → ico_pdf(PDFファイル:347KB)  ico_pdf(English:337KB)

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※本件に関するお問い合わせは、下記までお願いいたします。
静岡 県立静岡がんセンター マネジメントセンター 医療広報担当  TEL 055(989)5222

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